PIECE COLLECTOR【新聞記者の贖罪】

【八話】




答えは返ってこない。当然か。
私はずっと彼を見ていたが彼は私を知らない。
知らない人間が云った、こんな不躾な質問をして答えられる筈が無い。

私は私を知って貰わねばなるまい。

彼に如何関わってきたのか、それはとても汚い懺悔にしかならなくても
私の言葉が、彼にとっての危機を旨く伝える為に。

私の言葉に彼が青くなる。
彼の胸に色んな想いが過ぎっているだろう事は容易に想像がついた。

「君が…やっと笑える様になったのにな…最初は驚いたよ。
こんなに柔らかく微笑む事が出来るなんて…あの時の君からは
想像も出来なかった…彼女がそうしてくれたんだろうな…
だから俺は君に問うんだ…君にとって彼女は大事な人か…?」

彼の瞳から力が抜ける。
ああ、私は何と云う物を彼に架してしまったんだ。

出来るならこのまま幸せに浸らせてやりたかった。
出来るなら…出来るなら…

胸に過ぎるのは出来ない事ばっかりだ。

「大切な…命です…大切な存在です…大切な…やっと見つけた
俺の…心の支えです…」

彼の肩が震える。

「警察は彼女を共犯として挙げようとしてる…
堕落した名家の御曹司の愛憎劇の方が過去のスキャンダルよりも印象深いからだろうな…」

私はその凍えた様に震える肩を温める様に手を置き、そう耳打ちした。
外では警察が張っている。私は取材の体でここに入り込んだが今、
彼にこう云った情報を流すのは逃亡幇助と見なされかねない。

二人が逃げてくれるなら、逃げ切ってくれるならこの際罪に問われても構わない。罪に従じて償えるならこの心は救われるかも知れない。

彼の体がゆらりと揺れた。彼を支えようと手を伸ばしたが
彼自身の手が壁を求む方が早く、私は空ぶった手をさりげなくポケットに突っ込んだ。

「俺は…どうしたら…」

逃げろ、と云いたい。でも云えない。少なくとも私から云う事は出来ない。
逃亡を選ぶと少しの間は一緒に居る時間を稼ぐ事は出来るかも知れない。
その代わり、確実にフィオナは罪に問われる事になってしまう。

大人しく刑に服した方が、二人が正しく過ごせる時間が万に一でも無くは無い。そうなれば…私は始めて彼らの大きな力となる事が出来よう。
しかし、彼の犯した罪は大きい、可能性は万に一つしか無い。

私ならその可能性を上げてやれるかも知れない。

しかし、逃げたい、と言うだろうか、逃げたいと彼らが言えば…
私はその望みを如何するのだろう…。

――叶えるべきだろうか。

「解からない…でも今のままでは彼女も巻き沿いを喰ってしまうだろう…
君はそれを何より恐れるのだろう…?俺は救ってはやれないが
情報だけは流してやれる。そんな些細な事…償いにはならんだろうが…」

私は、彼が自首すると云った場合にだけ正しい形で救ってやれる。
しかしそれを勧めるには余りにも私は彼に負い目がありすぎる。

いや、言うべきだ。
いや、これ以上彼を操作する権利は無い。
止まらない自問、出る気配もない答え。

余りにも愚かな自分を思わず嘲笑する。

「有難う御座いました。少し考えて答えは…きっと出します。」

彼はそんな私に事もあろうか丁寧に頭を下げた。

私は止まらない自問をしながら彼に背を向けたものの
彼から如何にも離れ難かった。

自首しなさい…如何して云えない。
自首しなさい…たった一言。


「君しか見えなくて俺にも判らないんだよ…
世界が青くたって、赤くたって構うものか!」
――君が傍にいてくれるのなら何だって!


思い出す昔の自分。
引き離される辛さを、身を切る様な痛みを…

大人になった今ならそんな痛みは容易いものだと云える。
しかし若い二人は、若かった私には…

彼女の傍を離れるなんて死刑宣告と同じ意味を持っていた。

次元が違うと言う者も居るだろう。
それは痛みの忘却果てにある意見でしか無いのだ。

生きると云うのはすべて幻の様な物だ。
その時、その時感じる事だけが真実の様に思うものなのだ。

多くの命が散った事を書いた。
多くの命が救われる事を書いた。
多くの裏切りを、多くの愛を…喜劇を、悲劇を…。

刹那の時間輝いては消える全ての出来事を見ていく中で
長生きする事だけが全てでは無いと私は思う様になっていた。

価値観なんて人それぞれだ。私が彼に長生きをして欲しいからと言って
死ぬよりも辛い道を強要する事が罪でないと誰が言えよう。

引き離すには彼らは余りにも互いを必要としていた。
最早半身となってしまっているのだろう。

切り裂く痛みは最早、想像出来ない域にある。
そんな事を如何して私から強要出来ただろうか。

思いを残して、掛け忘れた言葉を捜しながら
私は何度も振り返り彼を見た。
彼は何かを言おうと言葉を捜している顔で私を只、じっと見ていた。

私は自問をずっと繰り返していた。

それは別件の記事で忙しくしていた私の元に掛かる一本の電話が来るまで止まらなかった。

「レオン・オーティスが射殺された。」



【続く】



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