PIECE COLLECTOR【新聞記者の贖罪】

【七話】






彼はひょっとしたら何かを取り戻すかも知れない。
私が奪った何かを彼は取り戻せるかも知れない。

私の心は高鳴った。
真っ暗な世界に差した一筋の光が逞しく、空間に彩りを点した。

仕事の合間、何度も屋敷を訪れる度、その彩りは成長し、
レオンの世界の色彩が急激に広がったのを確信した。

そして私の世界にも――

彼女の横で彼は少し笑った。
時が経ち、また少し笑う様になった。
更に経ち、その表情に温度が灯った――

ああ、彼は恋をしている。嘗ての私と同じ様に――
私の、愚かな私の知る限り一番人間らしかった短い時間の中で
尤も幸せだった時間を――彼は歩む事が出来たのだ。

それで私の罪が赦された――とは思わない。
只、その事が嬉しくて嬉しくて溜まらなかった。

馬鹿だと思う。自分でも奇異な事だと思う。
喜ぶ資格さえ無いと思う。

でも――涙が出るんだ。この悪魔の目が焼き切れてしまう程に――
ははは――瞼が腫れて視野が狭い。

彼は彼女の願いを聞いた形で(だと云う証言が取れた)…孤児院を営んでいた。彼女――フィオナと云う女性は浮浪者出身だと云う事で実に細やかなサポートを最下層の人間に施した。

それは自律を促し、彼らの未来を作る為のサポートで
良く在る企業や個人のイメージアップの為のルーズなサポートとは一線を画した事業だった。

孤児院の壁にはオーティス家の嘗てのお抱え弁護士の所属する
事務所のプレートが貼り出されていた。
スポンサーが付いたのだろう。

汚れた名門オーティス家のご乱心再びと捉える人間も多かった。
孤児院と称して殺す人間を探している、そんなゴシップも多く出回った。

利益の無い事に手を出して嘗て私が定義した悪の血統≠ニ云う汚名を
払拭する為の苦肉の策だと思う人間も多かった。

しかし、オーティス家に良い印象を持ち始める人間も少なからず居た。
私は記事で――レオンを筆頭に上げると叩くメディアも出て来ると
予想出来るので

敢えて弁護士事務所を筆頭に上げ、この施設の有意義さを讃えた。
弁護士事務所は提案者のフィオナとレオンを讃えた。

提案者を叩いたマスコミは弁護士事務所から名誉毀損で訴えられていた。
当然だ。自分の讃えた発言を否定された訳だ。
今後の発言力さえ問われる所だ。黙っている筈は無い。

平和な時間。私の仕事は相も変わらず家に帰る時間も無い程忙しかったが
彼らの平穏な時間が何より私に働く活力を与えてくれていた。

自分の記事の書き方も余裕が出来た。
少なくとも自分の良心を噛み殺す様な記事は書かなくなった。

真っ直ぐ人と向き合おう。真っ直ぐ罪と向き合おう。
スキャンダラスでセンセーショナルな記事など書かなくとも
我が社は誠意在る記事を書く新聞社と云う所で評価される様になった。

全てが順調、全てが上手く行っていた。
しかしこれは時限爆弾的な幸福である事は彼が殺人と云う罪を背負っている以上目を瞑れない道で在った。

警察が動く。酷く活発に、隠しもせず聞き込みをする様になる。
情報が耳に入り、私の胸もざわめく。

殺人鬼、隠れ蓑の孤児院。殺されない少女、孤児院設立の提案者。
富豪であるレオンに対する絶対的な発言力――

彼が殺人鬼で在るなら無関係では無い。
いや、そうで在る様に仕向けたい。

レオンを担ぎ出すと嘗ての事件も掘り下げられる。
掘り下げられると困る人間がこの世に沢山居る。それは警察も然り。

嘗てオーティス家に関わった警察関係者の失態から目を背けさせる為に
彼女はよりセンセーショナルな存在として彼とセットで君臨されるべき――
そう判断されたのだろう。

もう黙っては居られない。
私は――傍観ばかりしては居られない。

私に出来る事、私が彼なら望む事――それは――
フィオナがオーティスと云う汚名から解き放たれ生きる事
――では無いだろうか。

私はレオンに接触をした。彼は酷く優しい顔で私を出迎えてくれた。
――胸に引き千切れそうな痛みが走った。

居た堪れずに私は名刺を胸元から探しながら彼から目を逸らし、施設を見回した。実に手入れの行き届いている明るい未来を感じさせる空間だった。

「有難うございます…」
「何故突然こんな事業に力を…?」
「…彼女と出逢って…俺は色々な事を学びました…」
「ご両親の事は知ってるよ。酷く若い時に君は一人になった…」

私が…追い詰めたのだ。

「そうですね…それ以前も…一人でしたが…」

達観した様な彼の表情に翳りが帯びた。
私は思わずその背を撫ぜた。あの時、そうすべきだったのだ。
あの小さなレオンの背を撫ぜて、取材では無く他愛の無い話をすべきだったんだ。

目頭が熱くなり慌てて顔を背ける。
私に泣いて楽になる権利など――無い。
唇を噛み締め、再び彼に顔を向けると彼は施設の子を、フィオナを優しく見守っていた。

「今…幸せか…?」
――幸せ≠知る事が出来たかい?

私に聞く権利が在ったのか如何か分からないが聞かずにはいられなかった。

「幸せで…この上なく…辛いです…」
ああ、彼はもう終焉を見ている、感じている。

幸せを知った方が辛かっただろうか、それともせめてもの慰めにはなっただろうか…私の罪は、私の欲は、私の文字は、そしてその力は一人の若者を只、真っ暗な闇に無責任に突き落としてしまった。

「小さな頃の君を…俺は知ってるんだ…君は覚えて無いだろうが…」

懺悔する権利も無いのに私は…一体何を言っている…
ほら彼も怪訝な顔で私をじっと見つめているじゃないか!

「昔の件ですか…?」
「あの記事を書いたのは駆け出したばかりの俺だった…
昔の君はもっとこう…まるで人形の様に感情を感じさせない感じで
俺にまるで他人の話をする様に事件の詳細を話してくれていた。」
「…そうですか…」

過去などに興味が無いのだろうか。それほどに彼は現在が大切なのか、
彼は私から目を逸らし、遠くを見つめるばかりだった。

これ以上彼の瞳に暗い影を落とすのは酷く胸が痛かった。
でもこれが今の私に出来る精一杯の贖罪だった。

彼の横顔は私の目に自分の背負わせた巨大な十字架に苦しみながらも前を向き、ゴルゴダへ向かう高潔な聖者に見えた。汚れた私には眩しくて…

「痛々しくて見てられないな……君に…正直に答えて欲しいんだが…
彼女は君にとって大切な人か…?」

とっさに尤もらしい言葉を吐き、彼から一瞬目を逸らした。
痛々しくて見ていられない…じゃない。罪悪感が痛くて見られないのだ。
それでも私はソレを確認する。微々たる贖罪をする為に。

彼をじっと見た。
偽ってくれるな…と。君の大事なものを守る為に…と云う意図を込めて。



【続く】

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