PIECE COLLECTOR【新聞記者の贖罪】

【六話】





毒殺魔の事で失望させてしまった事がずっと胸に引っ掛かっていた。
その胸の引っ掛かりを頭に置いたまま…私は…冗談のつもりで…云った。本当に…冗談のつもりだったか…今ではもう分からない。

毒殺魔以来がむしゃらに働き、少し上がった評価に欲が出なかったと如何して言える?もっと評価されたいと、何を踏み台にしても上がりたいと思わなかったか?

過去の罪も忘れて部数しか考えられなくなった自分に目を逸らして…
いや、取材で人を傷つける事に免疫が付き過ぎてもう麻痺をしてしまっていたのかも知れない。

「この記事でライバル社に勝てるかも知れない!」デスクは目を輝かせた。

「あの時受けた屈辱を、毒殺魔の関係者を叩いた他新聞社に一矢報いる事が出来る」そうも続けた。

「これは正当な制裁で、悪役と被害者を明確に表記し、悪役の異常さを訴える事で残された関係者を悪役属性から絶対的に乖離させてしまう事が残された人間を庇う事にもなるんじゃないか?」

享楽に溺れた人間を狂人≠ニして関わった人間を狂気に巻き込まれた被害者≠ニして乖離?世間はそんな都合良く考えない。よりスキャンダラスに考えるのでは無いか?

ある狂宴が在って、沢山の大物が死に、関わった人達は…その狂気を引き継ぐ。ソレこそが娯楽、ゴシップ、作り事の様な無責任な刺激――観衆の望むもの。

関わりたくは無いが見ると楽しい――そんな愉悦
それはとても――とても美味しい話だと思わないか?

世の中は退屈に汚染されているのだから――他人事なら
祭りは盛大な方が良い――そう思う様に予感するのは
…私が疲れているからだろうか。

不意に肩が叩かれる。デスクは目を輝かせて言葉を吐く。
その言葉が耳元にこびり付く。


「お前は出世する…。」


私にとっての悪魔は――レオンの父親にも無い。
レオンにも無い、勿論促したデスクにも無い。

罪悪感を胸一杯に詰めながら、心が痛くて痛くて、涙で沢山の卑猥な装飾で書いた原稿を濡らしながら明日の出世を頭の片隅に輝かせて、ぞわぞわと背筋を擽る愉悦を必死で噛み殺し、観衆を煽ると分かっていながら力一杯、人の尊厳を踏みつける記事を書く――

私の中にこそソレは居たのだ。


不況で物が売れない最中、私の書いた記事を載せた新聞は飛ぶ様に売れた。
心底の目論見通り私は大幅に出世した。

ずっと劣等感を抱いていたフリッツの位置さえも易々と抜かした。
彼は私を励ます事で私よりも自分の位置が高い事を
確認していたのだろうか…それ以来彼は私を避ける様になり、とうとう会社を辞めてしまった。

私は新聞社で押しも押されぬ存在となった。

妻は私を誇りだと云った。偶に会う親戚もそう云った。
給料は今までとは桁違いに増え、家も建てる事が出来た。

評価されればされる程、毒殺魔の件で胸にずっと溜めていた澱に
オーティス事件と云う澱が降り積もる。

それが私の収納してしまおうとして失敗した心の闇。
解決出来る事の無い黒い世界。

私はずっと贖罪を求めていた。

贖罪をする機会を伺う為に時間の許す限りずっと尾行を続けていた。
これは本心だ。

そしていつもの様に彼が夜の街に出かけ、とあるバーに入り
すぐさま女を伴ってモーテルへ向かったのを罪悪感から捕まえる事も出来ず
掛ける言葉も見つからず、只、変質者の様に見守っていた私の目に映った光景は今までの彼から想像も付かない状況だった。

部屋の中までは知る事が出来ないから判らないが
彼は決して人に何かを強要する姿など想像出来る様な人間では無かった。

聞き込んだ情報が全てだとしたら大概の…恐らく彼の毒牙に掛かった人間は
好んで彼の傍に居たと云う。

メスを突きつけて連れ去ったとか、暴力を振るったとか…
そんな話は聞いた事が無かった。

車に乗り込み去る二人を見て慌てて追いかけた車内で
私はこの胸の内の暗闇に一筋の光を勝手に見出していた。

彼が――初めて人間に執着心を持ったのだ。
それでも都合良く考え過ぎているのは重々分かっているつもりだった。

しかし、目撃者を抹殺する意味で少女を拘束しているなら
何故その場で殺らなかった?

その事が少女誘拐を懸念し、救助すべきかと迷う中に
一筋の希望を拭い去れない所だった。

しかし、追いついた先――彼の屋敷の傍のマーケットで
更に驚くべき光景を目の当たりにしたのだ。

彼がメモを片手に食材を選び…何やらスタッフにその紙を見せると
スタッフは不思議そうに彼と彼の身なりを確認し、
何やら納得した後、食材をバスケットに入れ、柔らかく微笑みながら
それらを彼に渡した。

彼はまるで初めての買い物をしている子供の様に
顔を真っ赤に染めスタッフに金を渡していた。




【続く】

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