PIECE COLLECTOR【新聞記者の贖罪】

【五話】




ロンドンで頻繁に起きる事件、一様に几帳面に整理された現場。
私が取材をしなくとも毎日何処かの新聞にそれらは載っていた。生々しい断面を隠しもせず露出された写真。

引き出し一杯にぎっしり詰まるマネキンの様な手足。
ベッドに無機質に寝かされた胴体には内臓は入っていなかった。
切り抜かれた子宮。素人とは考え辛い迷いの無い鮮やかな切り口。

現場はまるで手術室の様な物々しさに包まれていたのが
写真だけでもありありと伝わった。

解剖に長けた人物の犯行、子宮奪取が母胎回帰願望の表れだとすると
親から満足に愛情を与えられていなかった現状に酷く
不満を抱いている人物か。

ああ、レオン、レオン、君では無いと言ってくれ。
私の過ちが再び取り返しの付かない事を仕出かしたのでは無いと
証明してくれ。


――そんな願いはロンドンを包む霧の様に時と共に虚しく消えた。


調べれば調べる程に疑いは濃厚になった。積み重なる符号は彼を照らすだけだった。彼に犯行を隠匿したいと云う願望の気配すら危うかった。

捕まりたい程、狂気に突き動かされているのだろうか…。
――それならば追い詰めてやるのが贖罪だろうか。

以前起きた殺戮のショックで止まっていた記憶の咀嚼でも
しているのだろうか…

――それならば説得でも何でもして然るべき病院に入れてやるべきだ。

一介の新聞記者にしては私は抱え込み過ぎたのだろう
答えが出せず、罪の意識から誰にも相談できず、私は傲慢にも
彼の問題を私の問題と勝手にスイッチして考えてしまっていた。

その間にも殺戮は繰り返される。
私は葛藤する。自らの罪を目に焼き付ける様に彼の後を付け始めた。

幾人かの記者と行く先々で出会う。
彼らは一応にレオンに感謝の意を唱えていた。

生活の糧をくれる神様だと…
反吐が出るが私も知った限りの情報は記事に書く羽目になる。
結局している事は同じだ。

彼は鮮やかに私達の隙を縫う様に現場から姿を消し、死体が後に残された。
そして死体は世の人間のフラストレーションを解消する為の
情報と云う仮面を被った悪趣味な愉悦を与える娯楽となった。

……私は記者だ。書かずには生きられまい。
記事を書くから記者だ。書かねば生活していけまい。

反吐が出るが止まれもしない。
得るものとニーズが余りにも噛み合い過ぎた。

世間の注目度が高い限り、記事にせざる負えなかった。私が書く事を拒否すると別の誰かがその件を担当し、より非人道的な書き方をしたので私はその件から目を反らせられなくなってしまった。

だったらせめて…出来る限りニーズに堪えながらも何処か被害者を保護するべくそんな言葉も入れられる立場に在りたかったし、私にしかそれは成し得なかった。

彼(容疑者)と被害者に絶対的な罪悪感を抱えている私しか…。

死体が上がる度、いち早く私がその情報を掴む度、私の評価は上がり
地位は上がり、罪悪感が肺を満たし、いつだって口から出よう出ようとしていた。

だから出来るだけ、力の限り被害者の家族の心を思い、
無残な肉塊と化してしまい大衆からも人であった事を忘れられがちな
被害者の人間性を書いた。

失った事の悲哀を、命の大事さを、決して観衆の嘲笑の目にさらす様な事にならぬよう、
渾身の注意を払ってはいた。

重要な事は別に在ると知りながら――

本当なら私が彼を止めるべきなのだろう。
しかし欠如した感情を教えてやれる程、私には仕事以外に掛ける時間も無く知識も欠如していた。

いや、これは言い訳なのだろう。結局、私は流されて、流されて……
流される為に都合の悪い事は意識の奥に仕舞って…

思い出してはいけない。思い出さなくてはいけない。
私の心の闇世界…

その真っ暗な世界で泣き叫ぶ、見た事もない彼の悲壮な泣き顔。
私の想像力のなせる業か、それとも罪悪感のなせる業か。

嗚呼、私はあの時レオンを悲劇の主人公にして世の同情を、皆からの保護を促したくて
彼の両親を、あの事件をスキャンダラスに書きたてた。

――それは半身、認める事の出来ない部分を隠した事実。
本当は――本当は――心の隅で暗い暗い思惑が
…私を支配してしまっていたのだ。



‘スキャンダラスにエロティックに書いた方が部数行きそうですよね…’




【続く】

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