PIECE COLLECTOR【新聞記者の贖罪】

【四話】



被害者と毒殺魔との間の見えない線。
二人が出会った施設での被疑者の日記。
彼女は被疑者の悪意を諭したのでこれは殺意の証拠としては完全に無効だと言った。
そして冤罪だと強く主張した。

そんな話をした次の朝、その話した内容、
いやもっと大げさにおどろおどろしくデフォルメされた内容が三流雑誌に大きく載った。
老婦人の写真と住所付きで。

その日の昼、デスクに呼ばれ「取材内容を他に漏らしたのはお前じゃないよな?」と聞かれた。
正直に話した。彼女を助けたかった事、冤罪を晴らしたかった事、でも自分は非力な事、
そして老婦人の知り合いだと言う男が現れてとても心配していた事。

デスクは青くなり、しばらく震えた後
「どうしてお前自身の力で動こうと思わなかったんだ!社内の人間に協力を募れば良かったじゃないか!
何故見知らぬ人間などに託したんだ!」と私を丸めた新聞紙で殴った。

「自信が無い?何も出来ない?何もしようとしない内にお前は逃げただけじゃないか!
この結果がこれだ!」投げつける様に渡された新聞に書かれた事実は余りにも残酷だった。
あの老婦人の末路。あのお茶を飲んだ温かい人の温かい家は真っ黒に焼けていた。

放火。犯人は「断罪だ」と叫びながらの凶行。
彼女の家はそれでなくとも人で混雑していたのに。
誰も助けなかったんだ。誰も。
皆が協力して火を消したりしようとしたならこんなに見事に焼ける筈が無い。

「お前が、俺が、いや、誰であってもここの新聞社はこんな書き方しない。させない。
情報は人を容易に殺すんだよ。そして世の中には心の卑しい人間が山ほど要るんだよ!
生活の為ならなんだってするんだよ!例えば嘘泣き嘘吐きなんて簡単だ!彼女を殺したのはお前と俺だ。」

デスクは力なく椅子に座り僕に背を向けた。
僕はと言えば、もう涙も出なかった。ただ立ち尽くした。

次の日新聞に載ってた事さえもう何も心を動かさなかった。
毒殺魔はその汚名を着たまま、拘置所で首をつって死んだ。

理由はきっと―――


僕はもう何もしり込みなどせずに色んな仕事を意欲的にこなした。
やる気になった訳ではない。罪悪感が僕をしり込みする事を赦さなかった。
開き時間が怖かった。悲しさが自責の念がどっと押し寄せて溺れそうで怖かった。

今思えばもうその時点で溺れていたのだろう。
心の中はめちゃくちゃだった。

あんなに大切にしていた愛しい家にも滅多に帰らない程仕事を詰め込んだ。
そんな時にあの事件が起こった。

狂った両親、欲に溺れた金持ち達、生き残った若い聡明な命。
今度こそ守らないと、と思った。だから精一杯彼に話を聞いた。

如何に彼の両親が狂っていたか――を書かねばなるまい。
如何に彼は被害をこうむっていたか――を聞き出さねばなるまい。

彼は同情を受けるべきで断罪されるべく存在ではないのだ。
明らかに被害者ではないか。
それでも世論は彼を狂った血族の末裔、と定義したがった。

そうじゃない!そうじゃないんだ!
彼に哀れみを!救いの手を!安らぎを!そう叫ぶ様な記事を書いた。
それば彼を守る、と言う事だと硬く信じていた。

でもここでもまた私は過ちを犯した。
取材の合間に時折見せる彼の表情は私に嫌な予感を感じさせた。

酷く何かを欠如した様な不安。
彼は同情的に聞く私の表情とは裏腹に時折冷たく笑ったりした。
それも両親の死に関する所で。

明らかな気持ちの齟齬。今でこそ分かる。
私はあの時彼から何も受け取っていなかった。

あの時、彼に必要だったのは世間の目や救いなどでは無かったのだ。
誰かが感情を正しく教えてやる事が何よりも必要だったのだ。

考えたら分かる事だった。私は本当に愚かな人間だ。
そんな事に気が付いたのはロンドンに起きた殺人事件が連続殺人事件となり、
その情報が耳に入ってきた時だった。私は彼の顔が真っ先に浮かんだ。


――レオン…まさか君では無いだろう?



そう思いながらも心の何処かで私は確信していたんだ。

【続く】
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