PIECE COLLECTOR【新聞記者の贖罪】

【三話】

「連日取材をする為にチャイムを乱暴に鳴らされたり、近所からも引っ越せと冷たい目で見られたり
辛い事は多いわ。でも私は今でもあの子の無罪を信じているの…」

老婦人は疲れた様にそう呟いた。

「世間は面白おかしく騒ぎ立てた方が楽しいに決まっているわ、他人事だもの、いい憂さ晴らしよ。
でも私はあの子の生きてきた軌跡を知っている。だから世間の流れが悲しくて苦しくて堪らないのよ」

僕はこれを聞きにここまで来たのに実際彼女の口から毒殺魔の事を聞くと言葉に詰まった。
情報を受け取るのと感情を受け取るのは違う。僕は取材と言うものは情報を聞き出す事だと思っていた。

情報を引き出すだけなら簡単な事だ。
机から消しゴムを引き出すが如く無機質に質問して答えを引き出せば良い、それだけだ。
しかし僕は今、とても苦しい。おそらく彼女の胸と同じ様に。

取材は言葉を引き出すのじゃ無いんだ。思いを受け取る作業なのだ。
今更ながら自分の就いた仕事の大きさに突如戦いた。

私に彼女の思いは受け取れるだろうか。
こんなにも世評に傷ついた彼女の心を。痛みを。

僕は――何も出来る気がしない。
僕じゃ無理だ。

だって彼女は追われている彼の事をとても心配している。
彼が編んでくれたと言うひざ掛けを大事に大事に膝上で撫ぜて彼の昔話をする。
とても大事な想い出を僕に聞かせてくれる。

彼女の為に彼を助けたい。冤罪を晴らしたい。思いだけがどんどん募っていく。
でも僕にはそんな自信も手腕も何も無いんだ。きっと馬鹿みたいにこの聞いた話をデスクに告げて
大した情報も得られなかったと叱咤されて終わりだ。

本当に僕は無力だ。

手のひらをぎゅっと握る。彼女の顔が見られない。
きっと僕なんかより彼女はずっとずっと辛い思いをしている。
泣いたら―――駄目だ。


一粒、二粒。握った手の甲に落ちた。
どうやら僕は泣かない事すら出来ないようだ。
彼女は驚いたのか慌てて僕の背中を摩ってくれたから余計に涙があふれ出た。
こんな無力な僕に彼女の手のひらは温かすぎた。

「帰ります。ご馳走様でした。」

やっとそんな言葉だけひり出した。
彼女は何度も僕の顔を覗き込んでは心配してくれた。

「非力な僕だけど何か出来る事があったら…」
「良いのよ。世評は貴方一人の力では動かない、無理はしないで」
「でも…」
「それより何かしたいと思ってくれるのなら、また顔を見せにきて頂戴」
「はい、必ず」



あの時彼女は私の手を何度も握ってくれた。その温かさを今も忘れない。
とても優しい温もりだった。優しい優しい人だった。
そんな優しい人の命を奪ってしまった。

「僕には出来ない」そんな言葉に隠れて自分で何もしなかった。他力本願。
そんな私の弱さが!彼女を殺してしまったのだ。

帰り道に見知らぬ男に声を掛けられた。
男は彼女の――老婦人の知り合いだと言った。
最近の彼女の疲弊していく姿は見ていられないと言った。
彼女が自分を頼ってくれたら少しは助けてやれるのに、と彼は言った。

とても辛そうに涙も流した。僕は同じ気持ちを持つ人だと思った。
デスクには誰にも情報を漏らすなと硬く言われたけど、彼が本当に彼女を救えるのなら!



―――そして彼を信用して彼女に聞いた話を教えた。



どんなに心を痛めているのか、どんな仕打ちを受けているか。
そしてどんなに彼の無実を信じているか。

目の前の男は何度も頷いて涙を流した。
この人なら協力してくれるかも知れないと思った。
だから言ったんだ。



―――毒殺魔がもっと疑われかねない情報を彼女が隠している事を。

【続く】
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