PIECE COLLECTOR【新聞記者の贖罪】

【二話】

レンガ造りの枯れた色彩を持つビルの三階、
そこに私の配属された部署があり
小さな机が沢山群れを成し顔を突き合わせていた。

いつでも情報交換が出来るようになのだろうけど
先輩と何時間も顔を突きつけ合わせてるのは
新入りの私には耐え難い気まずさであった。

「何か手伝える事は無いですか…?」
直属である強面の上司にそうお伺いを立てると
「大卒は駄目だな。やるべき事が言われないと判らないのか?」
そう鼻で笑い

「まぁ、飲み込みが早い人間と遅い人間が居るものだ。
判らないなら取り合えずこの場をじっと見ていろ!」

私はそもそも勘の良いほうでは無かった。
むしろ愚鈍であるとさえ言える程だ。

唯一の同期は配属されたその日に場に馴染み
未だに同じ部署の誰とも馴染めていない私に
いくつかアドバイスをしてくれたのだが
一つたりとも実行する気になれなかった。

「分かった振りして受け流しつつ場をやり過ごしてから
情報を探って空白を埋めていくんだよ
要は自分と言うものの演出が大事なんだよね。

君の様に辛気臭く困惑した顔のまま突っ立ってちゃ
当たる光も当たらないよ。

人は濡れタオルを作りたいなら
いかにも水を沢山吸収するタオルを選ぶだろう?
誰だって濡らすのに手間の掛かりそうなタオルを選ばない。

明るく、朗らかに、ほら、僕達はまだ若い。
良いも悪いも吸収力豊かなタオルだ!スポンジだ!
沢山潤って大きくなって行く身なんだ。
そう周りにアピールする事が大事なんだよ。
豊かな潤いを得る為に。分かるか?クラウス。」

分かってはいるんだよ、フリッツ…
でも僕は君の様に軽やかに踊る事は出来ない。
君が妖精なら僕は土くれだ。
軽やかに踊る事など僕には出来ない事なんだよ。

彼がかつて僕に言った言葉を思い出し
そう溜息をついた。

ふと見た件の同期はいかにも厳しそうな上司に連れられ
早足で会社を出て行った。

あの上司はとても敏腕だそうだ。
世間話する様に重要な情報を持って帰ってきては
大きな大きな特ダネにしてしまう。

フリッツは入社して間もないのにもう彼の右腕だ。
僕はと言えば…やる事も見出せず、場にも馴染めず、
ただ、ひたすら電話を取る毎日を過ごしていた。

この新聞社が人に塗れているのは午前中の一瞬だけで
皆、それぞれの追っている事と経過報告をデスクに伝えると
蜘蛛の子を散らす様に皆、情報を集めに出てしまう。

後に残るはデスクと僕の二人きり…
けたたましく鳴っていた電話も落ち着き…
僕は時間を持て余しては先輩の机に有る資料を読んでいた。

「行くとこ無いのか?……あー…」
「クラウスです。」
「―すまないな。最近物覚えがとんと悪くてな…」
「―いえ…」

謝られると引き立つ自分の不甲斐なさ。
フリッツはもう沢山の人に名前を呼ばれているのに
僕は未だに名前も覚えて貰う事さえ出来なくて
只、顔を伏せるのだ。

その消極的な所も…人を不快にさせる。
僕は何をやってもうまく出来ないんだ、本当に。

思い出すは愛しい妻の美しい顔。
逃げていては失うものもある。居場所があろうが無かろうが
僕はここで踏ん張る義務がある。
彼女に苦労をさせる訳には行かない。


だから僕は!


そう勢いつけて椅子を立っては見ても
やはり何も見出せず、先輩の机を巡ってはその資料を読んだ。

少し離れた席では深い溜息が聞こえる。
きっと自分への失望と困惑の表れと思うと息が苦しくなって
顔が上げられなくなってくる。

心臓が締め付けて冷や汗をかいた。
本当に僕って駄目だ。

「クラウス…人手が足りなくて…
誰も指導員をつけてやる訳には行かないんだが
一つ、聞き込みに行って来てくれないか?」
「…僕がですか?」
「そう、君がだ。」

「まぁ、なんて事無い…今、巷で噂になってる
毒殺魔の供述の裏を取るだけの話なんだが…
警察からなかなか漏れてこなくてな。その辺の具合が。
地味な作業だが供述と証言の差異が見つかれば
大きな記事になるかも知れない。頼んでも?」
「手は空いてます」
「頼んだぞ」

自信などあるはずも無い
聞き込みなどやった事も無い。
だが―

要はデスクに渡された住所に行って話を聞くだけだ。
対して難しい役ではないだろう。

初めて仕事らしい仕事を手にしたと言うのに
この失望感。

大した事も出来やしないのに
大した事がしたかったのだろうか…
僕は…まるで馬鹿だ。



目の前には揺らぐ蜃気楼。
肘まで折ったシャツが汗で肌にこびり付く。
温度が不快なのか、朦朧とした思考が不快なのか…

気を紛らわすついでに見たメモと
看板を見比べながら目的地に着いた事を確認しながら
僕はベルを鳴らした。

出てきたのは人の良さそうな老婦人。
毒殺魔の幼少期を知る人。

僕は自分の考えに思いをめぐらせていた所為か
心の準備が出来ていなかった様で
慌てて胸ポケットから名刺を出そうとしたが
汗でしけって出せなかった。

「ああぁあのっ!あの…あの僕は…」

緊張の所為で上手く言葉が出ない。
緊張と羞恥で顔もかッと熱くなる。
これではまるで不審者だ。

尋ねて来た僕が困惑して固まったから
目の前の老婦人も固まった。

早く何とか場を収集しないと―そう思えば思う程
脳がうっ血したかの様に焦り、言葉に詰まった。

「し…新聞社の…あの…クラウス…ラインマイヤーです。
あの…あのっ本当はクラウス・ディルク・ラインマイヤーと…」
「どうぞこちらへ…お入り下さい。」

僕の意味の判らない無駄に長い自己紹介は遮られ
家の中へと導かれた。
老婦人は僕に背を向けて案内してくれているので
どんな表情をしているのか判らない。

怒っているのか…不審に思っているのか…
いや、もしそうだとしたら家には入れないだろう。
どんな想いで…。

婦人は綺麗に掃除された明るい居間に僕を案内した。
使い込まれた木のダイニングテーブルの一席に僕は座った。

婦人はキッチンへ行った様で…
お茶の用意をしてくれているのだろうか
ケトルの注ぎ口から漏れる空気音が
水が沸騰した事を僕に教えた。

まさかあれを頭から掛けられて追い出される…
なんて事はないだろうな。

いや、あんな訪問の仕方をしたのだからそうされても仕方ない。
でもそれが不愉快だったのなら家に上げなきゃ良いじゃないか
何て意地悪な婆さんだ!酷い事してみろ!僕は酷い記事を書いてやる!

窮鼠なんとやら。僕は小心者丸出しで
来ても居ない最悪な妄想を抱き、鋭い視線をキッチンに向けた

…のと同時に件の婦人が
トレイにティーセットを乗せてやってきた。
なんとバツが悪い。

「クラウスさんですね。ご両親はここ(イギリス)ではありませんね?」
「父も母も生まれはドイツで…仕事で纏めてこっちに来ました。」
「そうですか。ここには慣れましたか?」

そう言われ僕は思わず考え込み、また言葉に詰まった。

「慣れませんか、焦らなくても―ここはいい所ですよ」
「そ…そうですね、はい。あの…」
「お仕事でも何でも、焦らず急がず慎重に。長生きのコツです。」

そう言って婦人は笑った。何故諭されてるんだ、僕は。

「そんなに…僕は焦って見えますか?」
「大慌ての大災難に見えます。」

婦人はそう言うと堪えきれなくなった様に
肩を揺らして笑った。
僕はそれを見て思わず赤くなった。

「そんなに笑わなくても」

そうぼやくと婦人はより一層笑って…
僕は拗ねながら彼女がテーブルに置いたティーセットで
図々しくも勝手に紅茶を二つ入れて彼女に一つ渡した時に気が付いた。

先程まで緊張で震えてた腕がいつの間にか解れてた。

「久しぶりにこんなに笑ったわ。来てくれた事を感謝します。
ミスター…クラウスと呼んでも?」
「ええ」

「ここにも慣れてなければ仕事にも慣れてない?」
「そうですよ。もう何処にも居場所が無い、本当に。」
「失礼だけれでも、ご家庭は?」
「あぁ、家庭はあります。そこだけですよ、安住の地は。
家という結界を出ると僕は笑われてしまう程貧相な人間なのです」

「クラウス…笑ってごめんなさいね。でも貴方がああで無かったら
きっと私は招きはしなかったでしょう。良い事もあるもんだわ。」
「どうせ見かねたとかそんな所でしょう?」
「フフッ、正解」

婦人はもう一度フフッと笑った。僕も思わず笑った。
久しぶりに外気で呼吸をした様なそんな感じがした。
窓から見えた…あんなに不愉快に見えてた景色がふっと色づいた。
【続く】
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