PIECE COLLECTOR【新聞記者の贖罪】

【一話】

「…本当にばれてしまわないかしら…」


「大丈夫だよ。」


「でも父も母もとても厳格で…ばれたら私…」


「大丈夫。大丈夫さ。例えばれたとしたら…俺は
命にかけても君を守るよ。絶対に。」
「命…何て物騒な事言わないでよ!
怒られたら済む話じゃない!…勘当されるかも…知れないけど…」
「命だって賭けられるさ!大切な君だから…大好きだよ」
「分かった。もう分かったってば!」

「分かってない!俺がどんなに君が好きなのか
君はまったくもって分かってないんだ。」
「分かってるってば!」
「分かってない!俺の目に、世界が何色に見えてるか
君に分かるか?」

まるで俺の世界にダイブして来る様に
じっと目を覗いて考え込む彼女に
思わず緩む頬を押さえながら俺は囁き声ながらに
高ぶる感情を抑えきれず悲鳴の様に言葉を漏らした。


「君しか見えなくて俺にも判らないんだよ…
世界が青くたって、赤くたって構うものか!」


――君が傍にいてくれるのなら何だって!








あれは若い頃の残像。


彼女の両親の定めた門限が過ぎても分かれ難く…
離れている時間の甘美な苦痛に耐える術もなく
夜な夜な彼女を家から盗み出す度、俺は彼女にそう繰り返した。

抑えきれない想い…狂ってしまいそうな愛しさ…。

俺は成年するなり彼女の両親に会い
彼女を妻≠ニした。

一つ屋根の下、俺は苦痛で苦痛でしょうがなかった。
幸せで幸せで…胸の高鳴りをいつも持て余していた。
家を離れるのが酷く辛かった。


毎朝ネクタイを締める時見る鏡に映る俺は
まるで夢の中にでも居る様に幸せそうに浮かれていた。


あの時私は…
幸せで幸せで溜まらなかった。

世界の全ての出来事を享受出来る気がしていた。
命がなんて素晴らしいものなのかを全身で感じていた。


禿げ上がった頭をこすりながら
いつもの様に鏡の前まで行くと
あの時と同じ様に自分の首にネクタイを巻いた。


「行って来るよ」


そう言いながら鞄を持ち、最愛の妻に視線を送ると
彼女はベッドに横になったまま顔も上げずに後ろ手で手を振った。

思わず溜息を付きながらその景色を眺めてると
最早、破裂音としか思えない程の屁を出した挙句
若い頃から比べ、三倍程の大きさになった尻を掻いた。

時の流れとはかくも残酷なものか。

忙しさにかまけて構ってやれなかった自分が悪いのかも知れない。
子供に勉強すら教えた記憶が無い。
彼女はきっとこの家を一人で支えてくれて居たのだろう。
その負荷の所為で横に伸びるのも仕方ない。

身長は…縮んでないと思うのだが…
どこにこれほどの伸びしろがあったものか…


ドアの外からは無音…当然だ。この家には二人しか住んでいない。
可愛かった三人の息子も20歳を過ぎるなりさっさと独立して
この家から出て行ってしまった。

あんなに騒がしかった家がまるで抜け殻の様に
ただ背後に木霊するいびきだけを響かせた。

あの時は良かった…何て言いたくない。
過去に縋って生きるなんてみっともない生き方はしたくない。

ただ、こうして昔聞こえてきていた筈の騒音が耳によぎる度に
やりきれない思いになる。

出勤時間はいつも阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
あまり接する時間が無かった所為か、子供は私と離れるのを嫌がった。
子供の顔にはいつも青痣があった。

ただ、彼らがやんちゃなのだと思っていたが…

今思えば…あれは妻の所為だったのかも知れない。
子供はいたって大人しくかった。
私の出勤時間以外は特別手を焼かせる様な事をしなかった。

家庭を省みなかった私には真実は判らない。
少なくとも彼らは食事には困らなかったと思う。
根拠は…肥満。

この家では私以外の人間は皆太っていた。
会話もなく、只、ひたすら食べ続けた。
いつの間にそんな生活習慣になっていたのか私は知らない。
気が付けば妻が身ごもり、子供が育ち、独立していた。

私は貧乏な家育ちだったからとにかく妻を金に困らせたくなかった。
彼女の家は裕福だった。

結婚式の翌日から私の愛の表現は言葉≠ノ取って代わり
必死に稼ぐ事≠ノなった。

いつの間にかそれはかさばる食費を稼ぐ事になり…
今となっては夫婦二人、特にかさばる事も無くなった食費を
貯金にかえる余裕が出来たものの…

何の為に働いているのか分からぬまま出勤し、
霧散した愛の抜け殻である家に帰るだけの毎日の中で
今まで忙しすぎた毎日に置き去りにしてきた心残りが
押し寄せてくる。

仕方なしに今、反芻をしている…と言う訳だった。


清いだけでは生きてはいけない。
奇麗事では食っていけない。

まだ若く未熟だった俺にソレを教えてくれたのは
あの「オーティス家での大量虐殺事件」だった。


そしてあの嵐の様な時間の中で…


私は溺れてしまったのだ…


…光の届かない深海へと…
いや、溺れた…のでは無いのかもしれない。



私は目を瞑り…わが身をそっとその底へ沈めたのだ。
【続く】
web拍手 by FC2
↑back to top
携帯ユーザー移動用
【NEXT】/【PIECE COLLECTOR MENU】/【GALLARY MENU】/【SITE TOP】

ランキング(お気に召したら是非ワンクリック)
小説・詩ランキング
↑back to top
Designed by I/O inserted by FC2 system