PIECE COLLECTOR


【第二十七話】




愛の儀式が終り、俺は彼女にキスをすると
骨がきしむ程強く 強くその細い体を抱きしめ
愛してる…と繰り返した。

そんな俺のいつもよりしつこい愛撫を
身を捩りくすぐったそうに受けながら
「分かったから!早く行って早く帰ってきて!」
そう笑いながら追っ払う様に足で‘行け!’と俺に指示をした。

「はいはい。分かりましたよっ」と軽くおどけて見せながら
服を着て、もう一度彼女の頬にキスを落とし
「君からの愛の言葉はお預けかい?」と問うと

「何度も言うと言葉は擦り切れてしまうものよ?」と笑う彼女に
「擦り切れても良い…本当に愛してるんだ…
心が擦り切れてしまう程に…」と洩らしまた深くキスをする俺を
足で突き放しながら

「愛してくれるなら早く行って早く帰って来てよ!」
そう笑う彼女に
「…そんな事で愛は量れないよ…」と呟いた。
少し何かの感情が漏れ出そうな自分の表情を察し
彼女に背を向け部屋のドアを開き出て行こうとした…が…

体がどうしても嫌がって…足が進んでくれなかった。

ドアを開け、その身を外に向けながらも
一向に出て行く気配の無い俺を不審に思ったのか
「どうしたの…?」と問う彼女に
「なんでもない。愛してるよ…フィオナ…」


そう微笑んで動かない足を何とか動かして
部屋の外へ出ようとした瞬間…感情が暴走し…


繋がれたままの彼女に駆け寄り…
深く…深く口付けをした。もうすぐ終わってしまうかもしれない
俺の未だ残る命をありったけ…吹き込むように…

「…帰って来てね、レオン。絶対…絶対っ!」
「絶対…俺は君を…また迎えに来るから……」
「今日は何か予定があったっけ?」
「そう…予定が…あるんだ。」
「そう…分かったわ。」

そう言って未だ訳の解からない顔をしたままの
彼女の頭をそっと撫ぜ、振り返らずにドアを閉めた。

「愛してるよ…フィオナ…」と言って最後の言葉とはいえ
心のこもり過ぎた言葉が妙に照れくさくなって自分の親指の爪を噛んだ。

「照れた時のレオンの癖…凄く好きよ…」と言って微笑む彼女に
スッと背を向けドアを閉め…
そして階段をゆっくり下り、玄関のドアノブに手を掛けた。

外に待機している警官達は俺を生かしてくれるだろうか…?
例え生き延びれたとしても一生檻の中…
ドアを開ければ俺は…もう二度と…

沢山の人を殺めた自分はこんな事を思うことさえ
罪なのだろうが…ドアノブがこんなに重たいと感じた事は
生まれて初めてだった。



それでもぐっと自分を叱咤してゆっくりドアノブを回した。



ドアを開けると眩しい光が俺を包み、目をくらませた。
何十もの犬の息の音があちこちで聞えていた。

目が光に慣れないまま
ジワリと光に身を暖められながらそっと歩き出す俺に
ゆっくりと…その足元のアスファルトを踏みしめるように
二人の黒い影が近づいてきた。

自分と変わらない程の長身の影と
背は低いものの恰幅の良いその影をじっと見ていると
目がだんだん光に慣れてきてその正体を正確に捉え始めた。

警察官の制服に身を包んだ二人は胸元に手を入れ
俺をあからさまに警戒しながら俺から5メートル程まで近寄ると
神妙な声で「…ご同行願います…」と言った。

返事を返せずに只、立ち尽くしてると
不意に長身の…若い方の警察が俺の頭に銃口を向けた。


「俺は…俺は!……っ!シンシア!…俺は…!」

うわ言の様にそう繰り返すと唇を噛む彼の頬を
何かがすっと流れていった。

「やめろ!新入り!冷静になれ!」

中年警官から怒号が聞えた…その音の隙間で

ザッ…と誰かが大きく足を踏み込む音が聞え
俺を含め、皆がそっちを向いた


…瞬間…


「娘を!娘を返せぇぇぇぇぇぇ!」
そう叫びながら俺に銃口を向けながら走ってきた男が居た。
皺の入ったスーツを身に纏い…無精髭を伸ばした
くたびれた中年の男が…


まるでスローモーションの様に…


…ゆっくりと…引き金を引いた。


俺に銃口を向けていた警官が同じくゆっくりと
その男に銃口を向けなおすのが目の端で見え…
俺は反射的に中年男に向かって走り出した。






パーーーーーーーーーーーーーンン




気が付いたら俺は頬をアスファルトにつけ、倒れていて…
体の中心が手を焼かれたあの時の様な熱さが貫いていた。
背中も痛かった。

鎖骨から体をそっとゆっくり手でなぞると
二つ凹みがあって触れた場所から波紋が広がるように
激痛が広がった。

叫び声も上げれなかった…変わりに喉からはヒィゥゥ…と間の抜けた
空気だけが漏れた。

あぁ…俺はもう死ぬんだなぁ…

そんな事をぼんやり思える程のゆとりがあったのは
神が人間に与えたアドレナリンとか言う‘救い’の所為だろうか…

それでも俺は言葉を発したかった…
目の前はもう真っ暗で見えないが…
目の前に居る二人に…一言だけでも…

例えそれが贖罪にならなくても…


ごめんなさい…大事な人を…貴方の命を奪ってしまって…
輝く未来を奪ってしまって…


ごめんなさい…


ごめんなさい…


どれ程頑張っても俺の喉からはヒィゥーヒィゥーと
乾いた音しかならなくて言葉を発する事ができなかった。

只、目の前に居るかどうかわからない相手に
目で精一杯の「ごめんなさい」をこめて
瞬きするのがやっとの事だった。


アスファルトはこんなに暖かいんだなぁ…
…世界が…世界が真っ白に……なる……


あぁ…俺の愛しい世界よ…生きる喜びよ…
愛しい人よ…神が与えた良心よ…
何より…殺伐とした俺の世界のたった一瞬のかがり火よ…
こんなに世界は暖いなんて…俺は知らなかった…


君と逢うまでは…


残したくない…連れて行きたくない…
本当なら永遠に君と二人で…


何故俺は…もっと巧く生きられなかったのだろう…



フィオナ…



……フィオナ



その名を心の中で反芻するだけで
こんなにも胸が焦げて‘死’を怖がり怯えてしまうよ…

生とは…こんなに光輝く尊いものだなんて…
命とは…こんなにも名残惜しいモノだったなんて…

君に逢うまでは思いもしなかった。
そんな事も分からずにこの手で握り潰した沢山の命…
何て罪深く…許されない事をしてきたのか…

こんなに血で罪で汚れ染まった俺が彼女を愛するなんて…
何て大それた事をしてしまっていたのか…
そんな事を今更理解し、事の大きさに打ちひしがれた。


…フィオナ…フィオナ…


それでも俺は…この罪深き汚れた悪魔はそれでも君を…
例えこの肉体が潰され魂さえ消え失せても…
永遠に…愛してるよ…




どうか俺を赦さないで…




残していく俺を憎んで…




こんな生き方しか出来なかった事をなじって…




そして…ずっと忘れないでいて…





…フィオナ……





いつか君が最後を迎える時は…

【続く】
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