PIECE COLLECTOR

【第二十四話】



いつもの様に彼女と施設を巡る毎日が続く中…
胸が引き裂かれんばかりに葛藤する幸せな毎日の中…

まるでタイムアップとばかりに不穏な気配が少しずつ
自分の世界に割り込んできた。

少しずつ…少しずつ…
俺の作った幸せは本当に砂上の城だったんだと染み入る様に
ジワジワと足元からサラサラと崩れていった。

始まりは…見慣れない男が施設の中で俺を待っていた事からだった。
40代くらいと思われる…そのどっしりと威厳のある面持ちの彼は
自分の顔を見るなり帽子を脱ぎ、にこりと笑う愛嬌のある人だった。

俺はフィオナから再三「人と目が合ったら怖い顔せずに
微笑まないと!」と言われていたのでいつの間にか意識もせず
彼に微笑んでいた。

何がいけなかったのだろうか…彼は一瞬、
表情に戸惑いを浮かべながらも微笑み、
俺に近づきながら名刺を渡すと
「良い施設をお作りになりましたね…これで皆、救われる…」
そう辺りを見渡してその記者…という肩書き持つ男は感嘆した。

「有難うございます…」そう言って微笑むと彼は
「何故突然こんな事業に力を…?」と聞いた。
「…彼女と出逢って…俺は色々な事を学びました…」
「ご両親の事は知ってるよ。酷く若い時に君は一人になった…」
「そうですね…それ以前も…一人でしたが…」

そう自嘲する俺の背中をそっとさすり
「心中お察しする…」と彼は神妙な顔をした。

その件については何も悲しい感情を持たない俺は
言葉につまり…目の前で子供達と遊ぶフィオナに視線を遊ばせた。

施設内は彼女が思うままの…
室内でも日の光が入る仕組みになっていた。
日の光に照らされてはしゃぎまわる彼女達の
甲高い声が施設内をいつも明るく照らしていた。

陽は陽を好む…俺の様な陰は…陽の光に照らされて
明るくなる反面、後ろに引きずる影が育ってしまいそうになる…
そんな事を考え、未来に暗雲を見て溜息をついた。

「今…幸せか…?」
不意に記者が俺にそう問いかけ…俺は押し込めた胸の内を
誰かに吐いてしまいたかったのだろうか…黙ってればいいものを…
「幸せで…この上なく…辛いです…」と思わずもらした。

本当なら…ここで「何故…?」と聞いてくるのが本当だろう?
ましてやこの男は記者なのだから…
それでも彼はぐっと遠くを見つめたまま何かを考えるように
顎を指で探り…

「小さな頃の君を…俺は知ってるんだ…君は覚えて無いだろうが…」
そう言って彼は俺を凝視した。

「昔の件ですか…?」
「あの記事を書いたのは駆け出したばかりの俺だった…
昔の君はもっとこう…まるで人形の様に感情を感じさせない感じで
俺にまるで他人の話をする様に事件の詳細を話してくれていた。」

「…そうですか…」そう言ったまま…どう思って良いかも
分からないままに只、遠くを眺めていた俺の肩を叩き
「痛々しくて見てられないな……君に…正直に答えて欲しいんだが…
彼女は君にとって大切な人か…?」

そう真剣な顔で俺を見た。
決して偽るな!と言わんばかりの圧迫を感じた。
偽ると大変な事になるぞ…?という言葉が聞えてくるようだった。

それでも俺は彼が急速に自分の心に突っ込んで話をしてくる事を
正直、不愉快に思っていた。それが顔に表れていたのか
彼はふっと悲しげな顔をすると

「ずっと君の事が気になっていた…あの時からずっと…」と呟いた。

「あの事件を最初に掲載したのは俺の会社で…その記事を書いたのは俺だった…
功名心を持て余してた俺は冗談で上司に‘スキャンダラスにエロティックに
書いた方が部数行きそうですよね…’そう笑った。

冗談のつもりだったが…上司の顔は笑っていなかった。

「この記事でライバル社に勝てるかも知れない!」上司は鼻息を荒くすると
俺の肩に手を掛け「民衆を喜ばせろ…この事件にはネタが沢山あるだろう?」と言った。
戸惑う俺の耳元で「お前は出世する…」と囁いた。俺はもう…何も考えられずに
只、事件を面白おかしく書く事に熱中してしまった。

メディアであると言う事はどういう事か解かっていなかった。
世間は面白い程、俺の書いた官能小説並みのゴシップに夢中になった。
そうして君を…君の家を笑いものにした…結果…君は…どんどん孤独に浸っていった…」
「別にそれが理由で一人を選んでいた訳じゃ…」

「でも理由の一つではあるだろう…人を信じられなくなっただろう?…
俺は出世が落ち着くにつれ…ずっと…君がどんな人生を送るのか気になっていた…
今、新聞を騒がせている殺人鬼は…いや、返事はしなくて良い。
俺は君だと思ってるし、警察も、もうそろそろその説への捜査に本腰を入れそうだよ。」

そう言われ…自分の顔が強張り…寒くも無いのに
ブルブルと震えてしまう手を思わず押さえ込む様に彼から隠した。

俺が自首しないのも…命を絶ってしまわないのも
彼女と…彼女の作る世界への未練…それだけで…
それが故に自分から動き出せないだけで…強制的に彼女から離れられるなら…
彼女にとってそれが良い事だと分かっていた…

けど…いざそれが直面して、こんなに心臓が凍りつくなんて思わなかった。
心の準備はしていた筈なのに…結局は…何処かで今の幸せが続くと
そう思っていたのだろう…

彼はそんな俺をじっと見つめたまま
「君が…やっと笑える様になったのにな…最初は驚いたよ。
こんなに柔らかく微笑む事が出来るなんて…あの時の君からは
想像も出来なかった…彼女がそうしてくれたんだろうな…
だから俺は君に問うんだ…君にとって彼女は大事な人か…?」

再び彼はそう言って俺の心の中を覗き込む様にじっと目を見た。
俺はもう彼に抗う術は何も無かった。もう何も…無かったのだ。

「大切な…命です…大切な存在です…大切な…やっと見つけた
俺の…心の支えです…」

そう吐くように呟き、顔を歪める俺の肩に手を置き
「警察は彼女を共犯としてあげようとしてる…
堕落した名家の御曹司の愛憎劇の方が過去のスキャンダルよりも
印象深いからだろうな…」そう耳打ちをした。

「フィオナは何も関係ありません!」

そう思わず声を荒げる俺に落ち着け…と言わんばかりの威圧を掛けながら
「話など幾らでも捏造出来るんだ。彼らは情報を握る者なのだから。
警察は過去のスキャンダルを持ち出される事を嫌っている。
それでも真実を明らかにする義務がある。二つを同時に解決するなら
なんでもするさ。」と苦笑しながら囁いた。

恐れていた事が現実になる…そう思うと目の前の視界がグラリと歪み
壁にぶつかりそうになって慌てて体を立て直しながら俺は彼に詰め寄った。

「俺は…どうしたら…」
「解からない…でも今のままでは彼女も巻き沿いを喰ってしまうだろう…
君はそれを何より恐れるのだろう…?俺は救ってはやれないが
情報だけは流してやれる。そんな些細な事…償いにはならんだろうが…」

そう苦笑する彼に力なく礼を告げると
彼も力なく何度も頷きながら
彼は俺に背を向け…建物から出て行ってしまった。
何度も何度も…名残惜しそうに振り返りながら…

彼が居なくなると背後で聞えていた子供達の笑い声が止み
小さな靴音をフロアに響かせ、フィオナが駆け寄ってきた。

「…何か悪い事?…顔色が…」そう言って俺の頬を撫ぜようとする
彼女の手を取り…俺はそっと握り締め
「大丈夫だよ。福祉の…取材…。」と微笑んだ。


フロアに降り注ぐ光は温かく…俺を包んでくれた。
子供達の声は柔らかく俺を癒してくれた。
フィオナの全ては俺を建て直し…作る力をくれた。

罪深い俺には身に余る生活…
罪悪感と幸福感にジワジワと首を絞められるかの様な生活も…

もう…少しで見れなくなるんだろう…感じれなくなるのだろう…
まるで季節が変わるようにいつの間にか…


俺を忘れてしまうのだろう…


それでも彼女だけは…彼女だけは幸せに…


俺はどうすれば…。


【続く】
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