PIECE COLLECTOR

【第二十三話】
スコットランドヤード(首都警察:MPD)にて


+++ +++


鑑識の執念か…新入りの熱意か…
願いも虚しくオーティスの毛髪らしきものが
たった一本だけ…モーテルから採取され

学校へ置いてある白衣から取れた何本かの毛髪と
DNAが一致した。

モーテルの主人によるとココはチェックインとチェックアウトの際
顔を隠して来る人間が多い為、正直その日に彼が来たと断定は出来ないが
新入りが彼の家から顔を覗かせた彼女の写真を主人に見せると
「彼女はその事件の日から消息を絶った元、従業員だ」と驚いた。

連れ去られたにしては仲睦まじくは無いだろうか?
これが生存本能の仕業と言うストックホルム…何だっけ…
その何とやらだろうか…(俺はそういう専門用語が苦手なんだ)

それとも共犯か…?愛憎劇場…三角関係の末…
いや…主人の話ではそんな前もっての関係があったとも思えない。
…が可能性は0では無い。

彼の単独犯でなければ…マスコミも前回の事件を引っ張り出さずに
愛憎劇に集中してはくれないだろうか…

オーティス犯人説で話を進めたがる新入りに生返事を繰り返したが
物証を挙げられては少しずつでも薦めざる追えなかった。


渋々…


そんな俺の態度に業を煮やしたのかアイツは上司である俺の胸倉を掴み
「腐ってる!俺はお前の様にはならない!」と言った。

お前にはまだ解からないんだ…守るべきものの少ないお前には…
それが若さというモノだろうか…俺はもう若くないんだ。
同じ様に純粋に燃えてやる事は出来ないんだよ…

俺もかつてはこう…理想に燃えて…全てを賭けて
‘正義’を貫こうとしていたさ…何て老いた者の言い訳だろうか…

そんな感傷に耽っている時に上の人間から連絡があった。
彼を…新入りを捜査から外せ…とのお達しだった。
そこで俺は初めて最後の被害者と新入りの繋がりを聞いた。

本当に俺はもうモウロクしてしまっているようだ…
そんな事に気がつかないなんて…アイツがあんなにも必死に
駆けずり回ってるその様を見て尋常ならざる何かを感じていた筈じゃないか…

「経験が浅いのと、私恨を伴う冷静を欠いた行動に走る可能性もある為…」
それが上の考え…いや…建前だった。
きっと本音としては余りこの件については熱心になられたくは無いのだろう…
俺だってもうあんな事を掘り返したくない。

でも…彼は必死だった。本当に。

俺の胸倉を掴み目をぐっと覗き込むと
俺の中の死にかけの何かをぐっと呼び覚ます様に見つめた。

「お前はそれで良いのか…?」そう問われてる様だった。
「周りに手なずけられた犬畜生め!」そう責められている様だった。
でも何より「俺の‘正義’を助けてくれよ!」…そう懇願されているようで…

俺は頭を抱え…グルグルとする思考を何日も持て余し…
あれきり俺を遠くから悲しげに見つめてくる彼に心を煩わした。

何度も上からのお達しを告げようとした…
でもそんな言葉でコイツが止まるとは思えなかった。
…いや…止めたくなかったのは俺の心の奥に未だ捨てきれずに居る
良心のせいだろう…

真実は明らかにせねばならない。
罪は裁かれなければならない…

でも罪を裁くにあたって…巻き沿いを食う人が居る…
色んな事例を見て…色んな罪のない人が傷つくのを見て…

裁く事によって救われる人が居て…
裁く事によって奈落に突き落とされる人が居て…
それは自業自得…と言える程…罪というモノは
一つの点で存在しているものでは無く
繋がりから埋もれ…生み出される…その繋がりをもってじわじわと…
罪も無い人間の首まで締め上げるのだから……

裁きは癒しだ…救いだ…鉄槌だ…そして誰かにとっては
覚え無き被虐であるのだ…

色んな事を知れば知る程、瞳は濁り…何も見えなくなる。
果たして正義とは何なのか…誰の為の正義なのか…

問い続けた今、結局の所、そんな答えは無く…
正義とは蜃気楼の様なモノの様な気がして来てるんだ…。
所詮は自己満足の世界だと…教育による刷り込みだと…
意味も無い積み木遊びの様なものなんだと…

人間一人の瞳で見れるものなどたかが知れてる。
それでも精一杯人は生きるのだ、確かな物差しも確率出来ないままに…

だから…俺の正義は自分の家族を守る事だけなんだよ…
良いじゃないか、それで。子孫を守り育てるべく画策するのは
人間の本能で…ソレだけが揺るぎ無い‘正義’だと…
俺の小さな精一杯の視野では…それしかもう…信じられないのだから…

若造…そんな目で見るな!俺は間違ってはいまい!
お前だって…女が被害者で無ければそんなにも憤らないだろう?
人間は勝手なものなんだ…それで良いんだ…その筈なんだ。

…そんな悲しい目で…俺を揺さぶらないでくれ…!

そう頭を抱える俺へ上の人間は何度も圧力をかけた。
それでも俺は新入りを移動させる事が出来なかった。
かといって上に歯向かう事も…

かすかな希望をかけて…俺は新入りに上から
どう言う指示が出てるかを伝える事にした。

静かに俺の話を聞いていた彼は一言…
「ずっと悩んで下さっていたのですか…」と俺を見つめた。

何とも言えない表情をしたまま目を反らす俺に
「降りるつもりはありません…俺は彼が犯人だったとして…
彼を赦す…つもりです…赦したい…冷静に動きますから!
どうか俺を外さないで下さい!」と何度も頭を下げた。

答えに困り…俺は黙って煙草をふかしていた。
煙は窓の外へ吸い込まれていって…高く高く上っていった。
窓の外は雲ひとつ無い深い深い青空だった。

俺は時間に流され…人ごみに流され…無駄に年を取って
空がこんなに青いだなんてすっかり忘れていた…
どんなにその下で人間がもがき苦しんで…平衡を失っても…
空はずっと青いままだったんだ…なんて間抜けな事に感心した。

空を見上げたまま動かなくなってしまった俺に
付き合ってられないとばかりに頭を下げ…
捜査に戻って行く彼の背中を見つめながら
「失脚したら…お前が俺の老後をみろよ!馬鹿…」と呟いた。


そして今日、俺は上の人間に直談判をしに行く事にした。

こんな奴の所為で俺の完璧な出世が台無しだ。
でも俺は…コイツの正義を…いや…俺自身の心に嘘をつくのが
もう苦痛で仕方なかった。

女房は「現実を見る事の出来ない間抜け」と俺を罵るだろうか…
しかし仕方が無いだろう…?俺だって警察なんだ…
警察を‘正義’と思いたいんだ。

心が息苦しくならない事を…したいじゃないか…。

【続く】
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