PIECE COLLECTOR


【第二十五話】



メディア・ハーティス…だったかな…

あまりのショックに記憶さえ危うくなってしまったかと
自嘲しながら胸元を探り、貰った名刺を取り出し社名を見た。

滑らかなそのカードの触感が生暖かく指に纏わりつき
それを快とも不快とも思う余裕を持てないまま
俺は彼の言葉を何度も反芻していた。


‘警察は彼女を共犯としてあげようとしてる…
堕落した名家の御曹司の愛憎劇の方が過去のスキャンダルよりも
印象深いからだろうな…’


確かに真実でも無い筋書きは作れる…
事実、俺は母を手にかけたにも関わらず自殺…と断定された。


このままフィオナに…俺の十字架を背負わせるのか!?
警察の思惑通りに都合よく…彼女の生活は踏み潰されるのか…
…何か手は…どんな手でも良い…俺は…俺は…
動揺しながらも何処かでこうなる事を分かってた…。

いつか来る終末…望まない未来…
それでも離せなかった…この手を…今の幸せを…

ぐっと手のひらを握ると血が止まるのか手のひらがジンジンと痺れた。
こんな何の力も無い手でも血が通ってるんだな…そう呟いて笑った。

…力の無い?…そうか?
筋書きは作れる…前にも作っただろう?
父の時のスキャンダルより…二人の愛憎織り成す狂想曲より…
スキャンダラスな話なら…警察も…喜んで乗るのなら…

俺にピッタリな筋書きがあるじゃないか…
父から受け継いだ評判が…かつて記者の作った官能世界…

皆が俺を指差し言ってたじゃないか…
「父の血を引き継ぎ、お前もいずれ狂った世界へ…」と
本当はその方が面白いに決まってるよなぁ?
他人事ならさぞかし見物だろう。

その筋書きで行くならフィオナはれっきとした被害者で…
共犯では無い…

彼女を放ってやれる…それに…
彼女は俺のモノだと…永遠に新聞に刻む事が出来る…

でも彼女が俺の去った後…新たに愛する人が現れた時
苦しむ事にはなるだろう…でも…

それで良いじゃないか…忘れられるくらいなら…
憎まれてしまえばずっと彼女の中で生きる事が出来るのだから…

俺は…本当に…身勝手だな…父の事など何も責められない…

施設の外で彼女を待つ間、思考に潜っていた…その背後から
何となく視線を感じて振り返ると只、ソコには雑踏があるばかりだった。
それでも何人かは見ない振りをしながら俺を見ていた…気がした。

その中に一人見覚えのある男が居た。
何処で見たのか思い出せなかったが
誰かに写真を見せられた気が…

…思い出せないな…

記憶の不確かさに焦れて思わず頭を掻き毟りながら
俺は彼女の手を引き家路へと向かった。

そしていつもの様に彼女を愛でて…食事をとって…
俺の後に彼女がシャワーを浴び…その水音をBGMに
窓から…被害者達の欠片を埋めた場所へ黙祷をした。

許しを請う事も無く…只、感じる胸の痛みに
身を委ね…蝕まれるままに任せた。
いつもこうしていると喉をナニカに絞められるような…
猛烈な息苦しさを感じていた。

それが浮かばれぬ彼らの亡霊の仕業ならば
このまま殺されても構わなかった。
それでもこの息の根が止まる事は無く…
帰って来たフィオナの柔らかな石鹸の香りが
俺の神経を…罪悪感を鈍らせた。

生ぬるい幸せ…このまま…このまま…
いや…出来るなら早く俺を…

息の根を止めろ!亡霊よ!俺はまだこんなに生きている…
生きているんだ!のうのうと!

…早く…俺はどんどん生に執着したがっているから…
これ以上俺が幸せを感じてしまわないうちに…俺を…!
…何て…都合の良い話だな…

そう自嘲すると彼女を組み敷き…体温を貰う。
彼女は俺に何も考えさせない様に…と思うのだろう…
激しく…妖しく体を捩り…シーツの海を泳ぎまわった。

月の光が青白く彼女を照らし…その様はまるで
冥界にある…と言う川の流れを思わす様に妖しく…冷たく光っていた。

いっそ君の中で溺れ死んでしまえれば…
その流れに全てを流してしまえれば…

俺は彼女と逢ってから
‘叶わない事’ばかりを望む。

それがとても虚しくて…悲しくて…
でも嬉しくて…

何も願った事など無かったから…

「…っぁ!ハァ…ッ!あの…あの…レオン?お願い…お願いが…」
「ん…?」
「私に赤ちゃんを…貴方の子供を…」

甲高くかすれた声を上げながらそう望む彼女の言葉に
思わず胸が高く鼓動した。

でも……

「そればっかりは…無理だよ…」そう笑いながら
彼女が絶頂を迎えるように導いた。

目に涙を一杯溜めながら絶頂への波に抗う彼女の
その意思を無視して無理やり導いた。
何度もピクピクと痙攣をしながら彼女は
俺を眺めて「愛してるのに…」と涙を流した。

共有する何ともし難い不安を…
いつかきっと離れる運命にある…と感じるその敏感さを…

神はどうして彼女の元に俺を使わせたのか…
こんなに残酷な道を歩まずとも彼女はきっと幸せになれた人なのに…
神はどうして俺を彼女の元へ使わせたのか…
俺は幸せなど…与えるに相応しくないのに…
いや…神が俺に与えたのは罰か…

何物にも替え難い彼女を与える事で
俺に何物にも替え難い苦痛を与える事が出来た…

何もこんなマネしなくとも…俺はともかく彼女はどうだ!
苦痛を与えるに値しない!こんなにも懸命に生きて…
こんなにも穢れた俺などを愛して…こんなに苦しんで…
これが慈悲だと言うのなら…救いだと言うのなら

神など…呪われてしまえば良い

そう思った瞬間、目の前にテレビの砂嵐のようなものが見え
思わず目を擦った。

ザーザーと五月蠅い雑音の中…途切れ途切れ細切れで見える
忘れたくて忘れたくて…忘れられない地獄の時間…

真っ赤な部屋の真っ黒な床…ナニカが凝り固まった様な
ねばねばと足に纏わり付くような何かに足を取られながら
進んだ奥に飾られた祭壇…

神を呪う逆さ十字…人の死骸…血の塊…
その中で整然と飾られた祖父母の…写真…
それの目の前に座らされ…鞭を打たれる俺…

父の…言葉が繰り返す…
俺はお前で…お前は俺で…変わりに罪をお前が引き受けるのだ…
俺の生き写し…悲しい身代わり人形…
笑い声…笑い声…笑い声…泣き声…?

父はあの時…何故泣いていた?
泣きながら…俺にそっくりだと繰り返した。

俺にそっくりだと…まるでコピーだと…
そうなのかも知れない…理解範囲に居ない筈の父と同じ様に
俺も…神を呪って…快楽を手放せずにいるのだから…

相変わらずザーザーと五月蠅い雑音
気が付いたら俺は呼吸が困難になっていたのか
首を両手で触ったままベッドでもがいていた。

汗でシーツがびっしょりで…俺の額を冷たい何かが
そっと冷やし…少し冷静になれた。

「もう大丈夫…大丈夫よ…」そう言って俺の額のタオルを
傍に置いてあるボウルで再度冷やしながら俺の手を優しく叩いた。
「心配ばかり…かけてしまうね…俺は。」
「心配でも掛けてくれるだけ幸せよ…」

そう消え入りそうな声で言った彼女は
僅かな衣擦れ音だけさせて俺の隣へ体を滑り込ませ…
俺の体をきつく抱いた。

「良いの…もう何でも良いの…一秒でも長く貴方の傍に居たいの…
罪びとになんてなっても構わないのよ…私は貴方の伴侶でしょ?」

あの時、記者が来た時にずっと俺の方をチラチラ見ていたのは
何を話しているのか予想が付いたからだろか…
それとも話してる様を見ていたから予想が付いたのか分からないが
彼女は俺の心を見透かした様にそう言った。

「伴侶?…君が…?俺の…?…そんな訳無いじゃないか…」
そう笑って…出来るだけ軽く言い放つと
「嘘つき…」と呟いたまま彼女は瞳を閉じ…寝たフリをした。

もうどう足掻いても俺と彼女は二つで一つで…
一つの思いを共有してしまっている…そんな事はわかってる…

言葉じゃなくてもわかるんだ。
俺の痛みは彼女に伝わり彼女を苦しめる…
彼女の痛みは俺に伝わり俺を苦しめる…
抗ったって無理な事ぐらいわかってる…

わかってるんだが


愛すれば愛す程、近づきすぎて傷つける…
それでも俺は彼女を愛してしまう…
俺が居なくなった彼女は俺から解放されてくれるだろうか…

そう願わずには居られない…と思う…
少なくとも今は…

彼女の顔に掛かる髪の毛を横に滑らせながら
俺はじっと窓の外の景色を見ていた。

何処かで犬の鳴き声の様なモノが聞えた…
じっと耳を済ませると遠いところで
獣の息遣いの様なモノも聞えた

あぁ…‘終わり’が始まったんだな…

ぼんやりとそんな事を考えて俺は大きく深呼吸をした。
少しも悲しいとは思わなかった。
いや、防衛本能で気が付かない様にしていたのかも知れない…

とりあえずその本能が生きている内に…
俺は眠りについた。

目が覚めてから自分がすべき事を頭に描きながら…

【続く】
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