PIECE COLLECTOR

【第二十話】



少し白んできた空をずっと見ていた。




腕の中でささやかな寝息を立てる彼女の
生暖かい肌の温度を感じながら俺は…
止まらない思考に一晩中責め立てられて…

どうするべきなのかは分かってるのに…
どうにも出来ずに…只、時の流れるままに甘んじて…
その事をどうとも判断できずに…只溺れる様に…
縋ってくれる彼女に縋る様に…甘えさせる様に…
甘える様に…彼女を愛した。

こんなに人の肌が暖かいなんて思いもしなかった。
まるで心がギュッと抱きしめられる様な温かく柔らかな安らぎを感じた。
きっと母親の手に抱かれる子供…と言うのはこんな感じなのだろうか…


…俺には与えられた事が無いから断言は出来ないけれど…


そう自嘲しながら隣に眠る彼女の髪を何度も撫ぜ…
その細く柔らかな髪が指に絡ませて触感を楽しんでいた。

このままずっと時間が動かなければいい…
彼女が起きて俺の全てを幸せにしてしまわない様に…

世界の全てが凍てついてしまえばいい…
俺の罪さえ凍りついて壊れてしまえば良いのに…

叶わない願いだけが呪文の様に自分の頭を回り…
絶望と生ぬるい希望を混ぜ合わせ…俺を呆然とさせていた。

間違った道に足を踏み入れた…
俺はこんなに満たされても赦されるような身分じゃないのに…

そんな言葉が繰り返し、繰り返し自分を刺すのが止められず
実際誰かに言われてる訳でもない…只の心の声なのに
体は理屈について行かないのか…思わず両手で耳をふさいだ。

ずっと光も知らず…闇に身を潜める事が出来たのなら
こんなにも苦しくなかっただろう…


「これが…俺の罪への罰か…」

声に出すつもりではなかったが無意識に出ていたのだろう…
室内に俺の声の余韻が漂い…彼女は体を少し起すと
「起きてたの…?」と俺の体に腕を絡ませながらそう問いかけた。

「ごめん…起こしてしまったね…おやすみ…」

そう言って彼女の髪を撫ぜると俺の手を取り…
「貴方を罪ごと愛してるわ…」と囁きながら俺の胸に顔を埋めた。
「そんな事、言うもんじゃないよ…」そう嗜めると
「だって仕方の無い事だモノ…だから私も罪深いの…」
そう言って再び眠りについた。

今、この心臓の鼓動が止められるなら何て幸せな事なんだろう…
彼女の傍で…彼女に愛され…温かさに包まれながら
永遠の眠りにつくことが出来る…

俺にもっとも相応しくない幸せな死に様…
それはきっと叶えられないだろう…そんな都合の良い事…

俺は…いつこの身を裂かれても仕方ない…
でも…彼女は…幸せにしてやれないだろうか…


彼女だけを…



そんな事を考えてる内に小鳥の鳴き声が聞え始め
無粋な朝日が窓を叩き、彼女を起した。

「…おはよう…レオン…」
シーツで体を隠しながら照れくさそうにそう言う彼女の頭を撫ぜ
「おはよう…フィオナ…」と挨拶を返した。

「あの…今…朝食を…」そう言いながらそそくさと
自分の体にシーツを巻きつけてベッドから抜けようとする
その背中にぐっと腕を絡め、もう一度ベッドに座らせ
「愛してる…ってきっとこう言う時に使うんだろうね…」と
彼女に囁いた。

「貴方の胸の内が分からない私には…」分からない…と
言わんばかりに首をかしげ、笑う彼女に
「君で胸が一杯なんだよ…朝食が入らない程に…」
そう言って笑うと彼女はクルリと腕の中で体を反転させて
「そうならどんなに嬉しいか…愛してる…」と囁いた。

俺の首元を撫ぜる柔らかい毛先がくすぐったくて笑いながら
「食事を取らなくても君で太ってしまいそうだ…」と笑った。

「カロリーは控えめな筈よ?余り良い物食べて生きて無いもの…」
「ハイカロリーな存在だよ…でももっと欲しくなるんだ…
性質が悪いよ…」
「失礼ね。でも食事は取って欲しいわ…」
「それが君の願いなら断れないね…」

他愛の無い会話…その中にある安らぎ…
それを胸いっぱいに受け止めながら俺は彼女の後をついて
キッチンへ向かった。

作るのは彼女…俺は食器の用意…
そんないつもの分担作業をしながら俺は一晩考えた結果を
彼女に提案した。

「何か欲しい物は無い?一緒に買い物に行こうよ。」

あの時…彼女が飛び出して行った時以外は
ずっと家に閉じこもりきりだった彼女はその提案を聞くなり

「まだ追い出すつもり?」と悲しい顔をした。

「違うよ。何かと必要なモノもあるだろう。俺は男だから
きっと分からない事が多い。君がココに暮らす為に
必要なモノを買いに行くんだ。」

そう説明してもまだ疑ってるのか俺をじっと凝視する彼女に
「要するに…デート…かな?」そう首を竦めると
彼女はパッと顔を輝かせ「デート!初めての…デート!」と
嬉しそうに言った。

「では食事が終わったら行こう」
「でも!デートは待ち合わせしなきゃ!」
「…待ち合わせ…?」
「そう!待ち合わせ!ドラマみたいに!貴方が来るのを
ドキドキして待ちたいのよ!」

そう楽しそうに言う彼女に思わず肩を竦め
「仰せのままに…」と笑った。

そして食事が終わり、彼女は用意の為に部屋に籠もって
居場所をなくした俺は久しぶりに解剖室へと入った。

むせ返るような消毒液とホルマリンと血の香りがした。
今までこんなに異臭を放っていたなんて思わなかったんだ。
毎日ここに閉じこもってはこの部屋で調べ物をしていたから
気がつかなかったんだ。

思わず両手で周りの空気をかき混ぜながら
天上まで本棚で埋まってる一面を除いてはびっしりと敷き詰めた
ホルマリン漬けの瓶を眺めた。

子宮…初めてこの物体を見た時
何て神秘的なモノなんだろう…と思った。
この中で命が1から作られていく…

まるで花の様なその形状も含め俺はこの器官が一番好きだった。
でもそればかりでは無く…俺はこの器官に願望を
持っていたからかもしれない。

……胎内回帰願望…
俺は…もう一度…やり直したい…
理屈じゃない何処かでそう思っていた気がする。
子宮の中に入り…もう一度…今度は正しい生き方で…

今度は暖かい世界で…誰かを愛し…誰かに愛され…
そんな陽の下で…生きて行きたい…
そんな夢をずっと見ていた様だ…

今になって分かる自分のそんな稚拙さ…
それはきっと夢にまで見た暖かい世界に身を浸してしまったから…

こんな冷たい薬品に漬けられて…持ち主に返さなくては…
そうは思ってもどの瓶が誰のモノなんて分からなかった。
俺はそんな重みでもって人の命を捕らえていたのだ。

改めて感じる罪の重さに俺は青くなった。

とりあえずその瓶の中身を一つに纏め、庭に持ち出すと
一個一個丁寧に穴を掘り埋めた。
そしてその上に一本ずつ庭に生えていた花を添え深々と頭を下げた。
これで赦されるだなんて思わない。赦してもらおうとも思わない。

でも自分が奪った命だから…体だから…
自分の手で土に返さないといけないと思った。
謝る事さえ赦されない俺の…精一杯だった。

そうこうしてる間に彼女は用意が出来たのか
建物の中から俺を大きな声で呼んだ。
急いで駆けつけると彼女はニタニタ笑いながら
「約束の場所で待ってるからね!」そう言って
バタバタと玄関から出て行ってしまった。

その余韻だけを残して静かになる部屋…

シンシンと耳を圧迫する耳鳴りに思わず淋しさに胸が締め付けられた。
もしこのまま彼女は出て行ってしまったら…
そんな不安が頭を回り始めそうだったので
慌てて出発の用意にして自分もさっさと家を出てしまった


【続く】
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