PIECE COLLECTOR

【第十九話】




本気か自分への建前か分からない言葉を繰り返しながら
俺は息を切らせながら大通りまで走った。
彼女と街など歩いた事も無かったから彼女が何処に行くのか
見当もつかなかった。

それでも運命は俺をせせら笑う様に彼女を見つけ出させた。
何百人もが往来する大通りの中に居ても彼女は俺の目に光る様に
はっきり見えた。

そしてその彼女が手に握る見覚えあるモノが光るのも…

彼女がどう言うつもりかは分からない。
何をしようとしているのかも理解できない…
只、体は頭よりも早く理解したようで…

俺は彼女に向かって走り…その小さな体を後ろから
両手を拘束する様に抱きしめた。

「やっ!もう離してよ!離してぇ!」
「何をするつもりなんだ!そんなモノを振り回して!」
「いつだってレオンは私を遠い目で見る!違う世界…と
境界線を引いて私から離れる!だったら!だったら!」


―――私の手も血で汚せば一緒の世界に居られるじゃない!


いつもは少し物静かな彼女が取り乱し…
髪は涙で濡れ、ぐしゃぐしゃと顔にへばり付いていて
その間から鋭い眼光で俺をじっと睨みつけていた。

彼女らしからぬ表情に…金切り声に動揺し…
俺は言葉を失い…立ち尽くした。

「痛みだって分けてよ!孤独だって分けてよ!
貴方が穢れてると言うなら…世界の違いで傍に居辛いなら…
私を穢してよ!愛してるのよ!ねぇ!聞えてる?レオン!
…私を…もっと近い存在にしてよ…どうにもならない程…
愛してしまったのよ……一緒に居ても遠いのよ…ねぇ…」

ひとしきり捲くし立てたら気が済んだのか
彼女の手から俺のメスが地面に落ちてカラン…と音を立てた。

俺は顔色を見ながらソレをポケットに隠し
彼女をぐっと抱きしめた。

しゃくり上げて泣く彼女に胸が熱く熱く焦げた。
今まで生きてきた時間などどうでも良い…と思ってしまいそうだった。
彼女と生きる今こそが俺にとって一番大事なのだと思ってしまった…

それはとても罪深い事で…赦されざる事…
人としてどこか外れた俺はもう…人で無くても良かった…
何もかもがどうでも良くなってしまった…
そんな自分をもう一人の自分は酷く責め立てた…

引き裂かれる思いの中…血しぶきを上げて痛む胸も…
今まで犯した罪も…自分の人生の意義も…どうでも良かった。
俺は彼女だけ…在れば良かった…

俺は自分で思っていたより…もっともっと
酷く愚かな男だった…

家に帰り…ベッドの前で彼女と向き合うと
緊張の為か彼女の瞳は酷く潤み…揺れていた。
そっとその首筋に指を滑らせると彼女は怖いのか
身を縮ませた。

それに怯んで指を引っ込めようとすると
彼女はそれを制止し…俺の胸に飛び込み
「良いの…怖いけど…触れて…」と囁くように言った。
その吐息にも似たささやかな熱風は俺の着ているシャツを通し
俺の体をそっと温めた。

初めてじゃない…怯える必要も無いのに
彼女に触れるのがとても怖く感じた。
無意識に震える指先で彼女の背を撫ぜると
「貴方も…怖いの?」と彼女は聞いた。

「怖いよ…とても…」
「そう…嬉しいわ…同じ気持ちなのね…でも…どうして…?」
「君が壊れてしまいそうで…怖いんだ…」
「壊れたりなんてしないわ…望んだことだもの…」

そう笑う彼女に少し震えが収まり…何度も口付けしながら
服を全部脱がせた。

生まれたままの姿になった彼女の…
その美しい様に見惚れていると
彼女は恥ずかしさに耐えかねたのかベッドに潜り込み

「私だけこんな姿なんて!」と俺に枕を投げた。
苦笑して俺も服を脱ぎ…彼女の上へと覆いかぶさった。
触れるその肌の生暖かさに…胸が高鳴った。

吸い寄せられる様に彼女の首元にキスをしようと
彼女に少し体重を掛けると彼女は俺の胸を突き放し
ぐっと俺の指先を…人工皮膚を引き抜いた。

俺の醜い腕を晒させた彼女の意図が分からずにじっと見ていると
「貴方以外…欲しくないの…何も…」と彼女は俺の体を引き寄せた。
「こんなに醜いのに…見ない方が…」
「貴方がそう思うならそれで良い…だったら私は
醜い腕の貴方が好きよ…」と俺の腕を撫ぜた。



全てが混在している様だった…



人に触れ繰り返す過去の被虐のフラッシュバックと
彼女の温度への安心感…幸福感…そして自分への絶望…
幸せと不幸せの背中がピッタリ在ってどちらも俺の胸の中に居た。

トラウマ故の頭痛…緊張と彼女の声での緩和…
それは吐きそうな程の苦痛だったけれど…それでも幸せだった。

何度も何度も彼女の顔色を見ながら続ける愛撫…
未だかつてした事が無いような慎重に慎重を重ねたプレイ…
行為に専念するでも無く…只彼女に極力痛みを感じさせない様に
丁寧に丁寧に愛撫した。

彼女の肌がピンクに染まっていく事が酷く嬉しく思った。
その体の動きに艶が出てくる事がこんなにも愛おしく感じた。
何度も俺に抱きついてくるその仕草さえ幸福だった。
この行為はこんなにも神聖なものだったのかと俺は思った。

貫かれ…俺の名を呼ぶ彼女が愛おしくて…
ぐっとその細い体を抱きしめ何度も愛してると囁いた。
乱れ…甲高い声を上げて達する彼女のその痙攣さえ
俺は…この目の中に記録出来ないか…そんな事さえ思った。

未だ息が乱れたままの彼女を横に寝かし
俺は彼女の額を何度も何度も撫ぜた。
それに甘える様に俺の方に転がり胸に顔を摺り寄せる彼女は
まるであの‘白いレオン’の様に柔らかく…温かかった。


それから彼女に何を話した…とか
何をした…とかはさっぱり記憶が無かった。
多分…彼女の温もりに包まれて…
引きずりこまれる様に眠りに落ちたのだと思う。


そして俺は夢を見た…


庭の青々と茂る芝生の上で俺と…白いレオンとフィオナで…
何をして居たのかは分からないが…
並んで座る俺と彼女の周りをレオンはピョンピョンと
楽しそうに飛び跳ねていて彼女はそれを見て楽しそうに笑い…
俺はそんな彼女の様子を見て頬を緩ませていた。

胸が焦げそうな程…その光景が恋しかった。
白いレオンはもう居ない…でも…もし子供が居れば…
俺とフィオナと二人では無い暖かい…命…
そんな風景に酷く憧れた。

それはきっと‘幸せ’と言うモノ…
暖かい家庭とか言う代物…
決して俺に与えられる事の無かった天上の世界のモノ…
生まれながらに‘悪魔’と言われた俺から対角線上にあるモノ…

…決して望んではいけないモノなのに…
その光景が目に焼きついて離れなかった。

父やその周りに人間を見ていて
「人間は何と図々しく欲深い生き物だ…」と他人事に思って居たが
まさか自分もこんなに愚かになってしまうとは…
本当なら彼女に触れる事さえ‘罪’以外何物でも無いのに…

与えられなかった‘暖かい幸せ’に対する渇望が
自分で思うよりもずっとずっと強い力を持っていたようだ。

結婚して欲しい…

…そんな事言える資格がある筈も無いのに…
【続く】
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