PIECE COLLECTOR

【第二十一話】


待ち合わせの場所。
いつも彼女の事ばかり考えていた俺には
その雑踏の中で彼女を見つけるのは余りにもたやすかった。

でもずっと話しかけられなかったのは…
彼女が見知らぬ男と楽しげに話していたからで…

知り合い…と言う訳でも無いのだろう。
でも彼と話しながら彼女はとても楽しそうに笑っていた。
その事がなぜこんなに苦しいのか分からずに
俺は…只、立ちすくんでいた。

何人もの人が俺にぶつかっては立ち止まり、
歩行の邪魔になっている事に憤って舌打ちをしながら
追い越して行った。

このまま彼女を置いて帰ったら…約束を破ったと…彼女は憤り、
彼の後を付いて行くだろうか…そうして彼女が幸せになれるのなら
俺は…このまま去った方が良い…

俺と居て‘終わり無い幸せ’はきっと手に入らない。

でも彼が俺の様な狂った人間で無いとも限らない…
彼女に何か危害を加えたら…そう思うと足は
帰路にも彼女の方にも進む事が出来なかった。

勝手な願いなんだと思う。今まで何人もを手に掛けてきたのに
自分の大事な人を失いたくない…何て叶えられる願いとも思わない…が…
彼女には…俺の罪の犠牲にはなって欲しくない…何て…

人間は…俺は何て勝手な生き物なんだろうな…

そんな事を思っている内に見知らぬ彼は彼女の肩に
気安く手を掛け、彼女はそれを払いもせずに只、話に興じ
笑っていた。

腹の底がムカムカとした…心にシンシンと響く痛みが気持ち悪くて
思わず手のひらをぐっと握った。

彼女が幸せならソレで良い…良いんだ…俺は堪えなくては…
そう思う心の奥底には

彼女に気安く触るな!見るな!話すな!その手を離せ!
それは…彼女は俺のモノだぞ!!

そう暴れ、自分の体を這い登ってくるナニかの気配を感じた。
ソレはどんどん上がってきて俺の喉元を絞め…体を震わせた。
自分に対してこんなに恐怖を感じたのは生まれて初めてだった。

コロセ!アイツをコロセ!オマエノ シアワセヲ ウバウ 
アノオトコヲ コロセ!オマエノ シアワセハ オマエノ テデ マモレ

不意に背後からそんな声が聞えてきて思わず振り返ると
そこにはまた父の姿が在った。

ヨワイモノニハ シヲ ツヨイモノニハ カイラクヲ
ソレガ コノヨノ ナラワシダ キョウジュセヨ


快楽を…享受せよ…


体内のナニカもその声に反応するかのように言葉を繰り返し
蠢いた…その感触に…予測しうるその事態に背筋に寒気が走り
俺は地面にうずくまり、そのナニカが飛び出さない様に体を抱きしめ
出産間際の妊婦の様に俺はうめき声を上げていた。

「ううぅぅ…ッハァ…ハァ…ッ…っう……っく……」

誰も立ち止まらなかった…只、うずくまる俺の体が見えなかったのか
何人もが俺に躓き転び、俺に罵声を浴びせかけた。
俺の中のナニカは言葉を繰り返しながらドンドン上り詰め…

とうとう俺の中から出てきて…朦朧とした意識の中で
俺は自分の胸元に手を入れ…銃のその生暖かいグリップを
握ったのを意識の端で確認していた。

きっとあの男を殺すのだろう…
それだけで収まるのだろうか…この猛る狂気は…
きっと弾のある限り…乱射などするんじゃないだろうか…

…彼女にさえ当たらなければ…

そうじゃない!そうじゃない!そうじゃない!そうじゃない!
どの命だって大事な何かがある筈だ!たやすく失って良い命じゃない!

彼女はそう言ってたじゃないか…

頭を抱え、見えない狂気をそう何度も言い聞かせる俺の頭を
不意に暖かい何かが撫ぜた。
驚いて顔を上げればどうして俺がここに居るのが見えたのか
フィオナが俺を心配そうに見下ろしていた。

「いつまでも声を掛けてくれなかったから…」そう笑う彼女に
「あんなに楽しそうに話してたじゃないか!」と思わず声を荒げると
「楽しそうに話してたのは…楽しかったからじゃないわ…
貴方を怒らせたかっただけよ…」と彼女は申し訳無さそうに肩を竦めた。

「なぜ…そんな事を…」
「…やきもち…焼いて欲しかったの…視界の隅に貴方が見えたから…
怒って私を連れ去ってくれるかなぁ…って思ってたらいつまで経っても
来てくれなくて…来たら貴方がこうしてたのよ…」そう言った彼女に
「俺が何人も殺してきた悪魔だという事を忘れてないか…?」と問うと
彼女はハッとした顔をして

「…忘れてたわ…本当に罪深い貴方の彼女に相応しいわね、私。」と
ペロリと舌を出す彼女をぐっと睨みつけ
「忘れてはならないよ…嫉妬でここらの人皆の命が危ぶまれる所だった!」
と叱ると彼女は小さくなり「ごめんなさい…」とうな垂れた。

彼女の所為ではなくそもそも俺がオカシイのが悪いので
そのうな垂れた頭をそっと撫ぜ、立ち上がり、彼女の手を引き歩いた。

彼女の興味を持つものを知ろうと俺は彼女の視線を見ていたが
彼女は俺を見ているだけで一向に何を見ようとしなかった。

「何か欲しい物は無いの…?服とか…本とか…」
「…欲しい物…貴方の喜ぶものが欲しいわ…」
「君が喜ぶものを買いたいんだよ…」
「私は貴方が喜ぶと喜ぶのよ…」

どんな店に連れて行っても彼女はそんな調子で…
結局俺が彼女に似合うから着て欲しい…と思うものを選び、
彼女はソレを喜んだ。

俺の幸せが自分の幸せだ…と彼女は笑った。
俺は幸せになる資格が無いので彼女だけを幸せにしたいんだが
それを見つける事がこんなに難しいとは…

結局、どんな事をしても彼女の‘幸せになる事’と俺のソレは
リンクしてるらしく…彼女だけ幸せになる方法は見つからなかった。

途方にくれ
二人歩く雑踏、不意に立ち止まるフィオナの
目線を追うとそこには10歳に満たないであろう
ボロボロの服を着た少年が床に新聞を引いて寒いのか…
手を擦り合わせ、自らの体を抱き温めながら物乞いをしていた。

「私も…すっとおじさんに拾って貰うまではああして過ごしてたの…」
そう呟く彼女に
「自由で良いね。何にも縛られる事も無い。」
と言葉を返すと

「そう、自由よ。悲しい程に…誰にも縛られず誰からも干渉されず…
誰にも愛されず…」そう言って悲しい表情をした彼女に
「なら…どうだったら良かった?」と聞くと
「誰かが傍に居てくれて…暖かい寝床もあって…
明日の食べ物の心配も無い今が…一番幸せだわ。」と笑った。

「傍に居てくれるなら誰でも良いんだ…俺で無くとも…
食事をくれて暖かい寝床を与えてくれれば誰でも良いんだな!」

自分でも何故そんな事を言ったか分からなかった。
只、胸の辺りを何かがモヤモヤと不快に這いずり回るのが気持ち悪かった。
「…何を…怒ってるの?」と俺の顔を覗き込む彼女から思わず顔を背け…
何を言っていいか分からずに只、立ち尽くした。

どれ位そうしていただろう…通り過ぎる人が何人も何人も
俺達の体にぶつかり、揺らしてはどこかへ流れていった。

俺は何となく胸元を探り、紙幣を何枚か引っ張り出すと
物乞いの少年の傍へ行き、彼の前に置かれた缶の中に入れると
少年は驚き、深々と頭を下げた。

フィオナは急いでその缶から俺が入れた紙幣を取ると
「レオンは彼の傍から離れないで!」と言い残して雑踏の中へ走って消えた。

唖然として少年と二人彼女の消えていった方向を見つめていると
しばらくして紙袋に沢山の食料を抱えた彼女が
息を切らし走って来て少年にソレを渡した。

行き着く暇も無い程、その食料に食らいつき、貪った少年は
お腹が満たされ落ち着いたのか俺達に何度も「有難う」と繰り返した。

そんな彼にフィオナは「まだ何も終わってないわ」と言うと
彼の手を引っ張ってまた雑踏の中に消えてしまった。

このまま彼女は逃げてしまうんでは無いだろうか…
「信じて…」なんて言って…あんな言葉は自分が逃亡する為の
詭弁だったんでは無いだろうか…

そう思う中で何処かで感じてる…
きっと彼女は自分の元に帰ってくる…
そんな根拠の無い自信…いや…これは願望だろうか…
いや…違うな。もっと固い感じのもの…

これは一体何と言う感情なのだろう…
きっと俺は知る事になるだろう…
もし彼女が帰って来てくれたなら…

そんな事を思いながらその場を離れる事も出来ずに
かと言ってじっともしていられず、
只、その場をウロウロと歩き回っていた。

何時間か経って…俺は彼女の逃亡を予感し胸が痛くなり
そっとコートの上からソコを撫ぜていると
彼女はまた息せき切って俺の元に帰って来るなり

背伸びをして俺の頬を両手で包むと
「まるで迷子の子供みたいな顔…」と笑う彼女を思わず抱きしめ
「こんなに時間を長く感じた事など今まで無かったよ…」とぼやくと
「ひょっとしたら…もう待ってないかと思った…」と
彼女は安堵の息を洩らした。

「大体…レオンがあんな事をするから!」
そう怒る彼女に話を聞くとどうやら少年に沢山のお金を…
しかも雑踏…大勢の人の見ている前で渡した事がいけなかったらしい。

かつて彼女には生活を支えあう姉の様な存在が居たらしい。
そして今日俺がした様にどこかの誰かが彼女に沢山のお金を寄付したらしい。
翌日、彼女は狭い路地で死体になって発見された。

目撃者によるとどうやらお金の取り合いでもみ合った末
命を失う事になった…との事だった。

「…皆、必死で何とか生きようとしてるのよ…飢えて…飢えて…
たとえ人の命を奪ってでも生きようと…懸命なのよ…だからあんなに
軽はずみに争いの種になる様な助け方はいけないの」
そう話し終わると姉がわりだったその少女の事を思い出したのか

その大きな瞳に涙を湛え、唇を噛む彼女の肩をそっと抱き
「ありがとう。気をつけるよ」と言った。

「でも…私がこうして街で物乞いをしていた時、思ってたの…
たとえ同情でも良い…気にかけて欲しい…助けて欲しい…って…
だからレオンがああやってしてくれた事がとても嬉しかったの。
まるで私がして貰ったみたいに…」
そう言って気丈に笑う彼女の手をぐっと握った。

何て返すべきか分からなかった。
俺にはそんな感情になった事がないから分からなかった。
只、胸の中がぐっと熱くなるのが心地よかった。
そしてそんな事をいつも俺に教えてくれる
彼女を放したくないと思った。

「…結局、あの少年にも支えあってた友人達が居て…ホームレス仲間が…
で、レオンのお金で皆、しばらくの食事と住む宿を得る事が出来たわ。」
そう言って少し悲しい顔で笑う彼女に
「…しばらく…どこか孤児院とかは無いの?」と問うと

「私があの少年位の時に経営者が破綻して潰されて…
それで私はホームレスになったの」と呟いた。

「フィオナ、君は何故そんなに悲しい顔をする?」

俺の言葉が何かおかしかったのか
「そりゃするわよ!彼らの先行きは決して明るいものじゃないもの!」
と口調を荒くした彼女に
「どうなったら明るくなるんだ?」と聞くと
「…孤児院があれば…彼らの生活を導いてあげる人が居れば…」
と困惑した表情の彼女に思わず首を傾げる。

「だったらそうすればいいじゃないか。
悲しい顔する必要はないだろう?」





「…………へ?」
【続く】
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