PIECE COLLECTOR


【第十六話】
スコットランドヤード(首都警察:MPD)にて


+++  +++

けたたましく鳴る電話の沢山在る中の一つを切りながら
俺は思わずため息をついた。
それもその筈、何百の電話を受け取ろうとも
何一つ事件に繋がりそうな有力な情報は入って来なかった。
アレから何ヶ月経っただろうか…

娼婦…学生…飲み屋の女…そして
いかにも自殺しそうな会社員…

被害者となった人間の周りを聞き取ると
大体が自暴放棄になっていた…だの…悩んでいた…だの
そういう不安定な心理状態であった事だけが
共通点として浮かんで来ただけだった。

多々ある殺害現場からは指紋も取れない…
大概が掃除の行き届いていない安いモーテルだった事が災いして
毛髪も沢山採取出来たものの確信に迫りそうなものは
何一つ取れなかった。

決まって女性被害者の体から頭部と子宮が抜き取られていた事から
健康な子宮を羨む女性の犯行だと主張する者も居たが
男性被害者も混ざっている事からその可能性は低く感じた。

只の‘人の心を持たない異常なコレクター’と主張する者も居たし
異常な向上心を持て余す医学生という者も居たし…
偏った哲学を持つ宗教リーダーと言う人間も居た。

その色んな仮説の裏づけを取る為に
仮説毎に割り出された容疑者を手分けして当たらせるも
特に目立って怪しい者など居なかった。


…たった一人…レオン・オーティス以外は…


彼の写真を持って聞き込みを行ったところ、
最後の犯行となったシンシア・ベイン殺害事件…
彼女が最後に目撃されたBarではこのオーティスも目撃されていた。

バーテンダーの話を詳しく聞いた所、
どうやらシンシアの方から近寄り、
彼に話しかけ…何かを強請っているようだった…との事だ。

もしソレが真実であるなら…
Barを出た後二人は行動を共にした…と考えられる。
一番、容疑が濃厚なのは彼なのだが…いかんせん…
上がなかなか動く気にならないらしい。

以前の事件を蒸し返されるのが怖いのだろうか…

かつて名門、オーティス家では大量虐殺が行われた。
加害者は彼の母親、エマ・オーティス
…最終は加害者の自決で終わった。

しかしながら今、思い出しても鳥肌が立つ…

通報が来て、現場に向かった時私はまだ駆け出しの新人だった。
初めて見る大量の死骸…赤黒く焼け爛れたその肌…
激痛に耐えかねて掻き毟ったのかあちこちが血に塗れ…
しばらくはその現場の映像が頭から離れずに残り…
毎日を夢で魘されるようになったのを昨日の事の様に思い出す。

有名な俳優や…教授や…政治家…新聞でしか
お目に掛かれない様な大物が沢山居て
その中でも特によく見知った顔…
よく組織内に配られる冊子で良く見た顔…


首都警察のトップに君臨する男がそこに倒れていた。


真昼間の名家…セレブ…裸で死亡…乱交形跡あり…
そして問題の警察関係者の関与……


ゴシップ記者達は連日署に訪れ、嬉しそうに我々に
何度も何度もマイクやカメラを向けた。

きっと他でもマスコミはそんな猛追を繰り返したのであろう
政界も…芸能界も…警察の組織内も大パニックに陥った。

例え今度の連続殺人犯が彼としても…そうでなくとも…
彼の名前はかつてのその事件を掘り返し…
再び大きな激震が走るであろう…

上はそれを恐れてこの件に力を入れないのだろう…と
容易に予想できた。自分だって出来るならもう放っておきたい。




自分が警察になった事を両親は喜んだ。
貧しい街の貧しい家庭に育った自分としては
今まで苦労して育ててくれた両親を
誇らしい気分にさせてやりたかった。

実際、採用が決まった時は親戚一堂…我が家に集まった。
金も無いのに両親は皆に豪勢な料理を振舞った。
親戚達も両親と俺に羨望の目を向け…俺はとても満足していた。

でも過去のその事件以来親戚も我が家に訪れなくなった。
近所の人間は俺の事を‘正義の振りした怠慢組織の人間’とせせら笑った。
制服を着ているだけであったことも無い男から殴りかかられたりした。

誇らしい聖職の筈が…見下され…どこにも居場所の無い職業になった。
こんな筈じゃなかった…と繰り返し自分に問い…
何度も酒に溺れてしまいそうになった。 

時が経ち…あの時の様な激しいバッシングは
もう受けなくなってきた…のに……
またあの時を掘り返すなんて…したくない!もうしたくない!

俺は去年やっとの事で思いを寄せる女性と結婚に至った。
今年、双子が生まれ…何もかもが忙しい嫁さんの尻に引かれながらも
慌しくも幸せな家庭が作れた…

もう掘り返したくは無い。きっと子供も親が警察である事で
何か後ろめたい気分になる時が来る…かも知れない…
それに何よりこの件を突っ込んで捜査する事を上の人間は嫌うだろう…
強行したとして…出世コースからは確実に弾かれるだろう。

子供が居ると何かとお金が掛かる…老いて来た両親も
もうそろそろ介護が必要な年になってきた。
俺の背負うものを守るには出世をしなくてはいけない。

今のまま傍観すれば…全てが巧く行く…
そう…それで良いじゃないか。

我が身が可愛くて何が悪い?
どんなに庶民を守ったとしても…どんなに命を懸けたとしても
何か起これば手のひらを返すのが人間じゃないか!
実際親戚はもう我が家を訪れる事は無くなった。

自分の身は自分で守らないと誰も守ってはくれない。
俺は家族を守る事で…精一杯だと言って…悪いのか?

良いじゃないか…人は我が身だけで精一杯生きている。
それが人間だ。警察だって人間だ。

そう何度も何度も自分に言い聞かせる中に感じる
強烈な違和感に俺は耳を塞ぎたかったが
俺の中の猛る正義感がソレを許さなかった。

聞えるのだ…心の奥底から声が…

正義とは何か…それが正義なのか…?
警察とは…?そうでないのなら…やはり世間の言う様に
お前は‘正義の振りした怠慢組織の人間’で間違い無いじゃないか。


…俺は一体…どうしたら良いんだ…。


そういえば今年入ってきた新人の姿が見えない。
俺が先頭に立って…アイツに補佐をさせて…
この件はそうやって処理するべきなのに…


「まったく近頃の若い奴は…」


そうぼやきながら新人と仲の良い部下に彼の所在を尋ねると
彼はどうやら最後のシンシア殺害事件以来、外で勝手に動いているらしい。

一体…何を調べてるのかと彼のデスクの引き出しを開けると
レオン・オーティスに関しての情報が細かく書かれたノートが
一冊だけ入っていた。

写真から評判から…彼の周囲の人間に聞いて回った話や…
どうしょうも無く役に立たない情報から役に立ちそうなものまで…
こんなに熱心な部下を持つのは非常に嬉しい事だな…と思いながらも
それに関して少し煩わしく感じている自分が居た。

もし彼がオーティス犯人説を確定する
重要な証拠を持って帰ってきたとしたら…
俺は握る潰さずに居られるだろうか…

そんな事を思って胸騒ぎに押される様に
俺はオーティス本人に逢いに行く事にした。
そんなに長く警察はやっていないがずっと最前線で生の犯罪者と
向き合ってきた者の勘というモノが俺にはある。

大体犯人となる人間は瞳の色を見たら分かる。
彼らはずっと何処からか排他された存在で…
決まって濁った不純な瞳をしていたから…。

そう思って逢った彼は余りにも純で…
二階から手を振る彼女の存在に顔を赤らめたりする
可愛らしささえ持っていた。

きっと彼では無い。…いや…これは只の希望かも知れない。
俺が今出来る事は彼が犯人でないと祈る事だけで…
そんな不確かな事に縋るしかなかった。


+++  +++
【続く】
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