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【第十七話】
ロンドン市内にて【新入り警官の葛藤】


+++  +++


俺は恋でもしてるんじゃないか…?
そう思う程に俺はアイツばかり見ていた。

シンシアが最後に目撃された時に一緒に居た男…
…レオン・オーティスを……

通報を受け、上司と共に踏み込んだ現場は
余りにもグロテスクで…俺は吐き気を催し…
モーテルの外に出て何度も何度も苦い液を吐いていた。

鑑識を部屋に残し俺を心配したのか俺の傍に来た上司は
モーテル内で買ってきてくれたのか熱い缶コーヒーを俺の頬に当て
「まぁ…気持ちは分かるがな…最初はそんなもんだ」と呟いた。

「慣れますかね…」
「慣れるさ。俺だってそうだった…経験を積む事が大事だよ…」
そう言って俺の肩をポンポンと叩く彼に微笑み
「では…経験…積んできます…」と嫌がる体を引きずる様に
現場であるモーテルの一室へ向かった。

凄惨…と言う言葉がピッタリな現場だった。
まるで屠殺場だった。足元にネタネタと絡み付く血液…
壁には何本もの血の線が天井まで上り詰めていた。
明らかに死因は失血しとひと目で分かる程、枕は赤黒く血で染まっていた。

死体は検死にかける為に運んでいったのか
どこにも見当たらず…
鑑識の一人が俺に何枚かのポラロイドを俺に渡し…
さっさと作業に戻っていった。

ベッドへ寝かされた首と手足の無い体…
箪笥の引き出しに収められたマネキンの様な手足…
その足の部分に見覚えのある傷跡を見つけた。

誰にでもあるモノじゃない…でも…きっとこれは何かの偶然で
これは他人だと何度も心に言い聞かせながらも
崖っぷちに立ってる様な…背筋のうら寒さを感じながら
立ち尽くしてしまっていた。

まさか…違う違う…彼女ではない…

でもこれは…俺と彼女が幼かった時に彼女が崖で足を滑らせ…
俺が上から引っ張り上げた時に枝かなんかに
引っかかれて出来た傷とそっくりだった。

シンシア…俺の愛しい婚約者…幼い日々を積み重ね…
俺達は今年、晴れて結婚するようになった。

結婚したらもう遊べないんだな…他の女も知らずに…
そんな幼稚な想いが俺を軽はずみな浮気へと導いた。
今となっては顔も思い出せない様な子を連れて自室へ行き
抱いた後シャワーを浴びている所に彼女が遊びに来た。

実家で何かと用事があったらしく彼女は
ココに来る筈が無かった。
シャワーから出た俺を見て悲しい顔をした彼女は
部屋を飛び出していって…それから連絡が取れてない。

でもこれは彼女ではない…きっと…違う…
似てるだけだ!偶然だ!俺の罪を罰する為に
神様が俺をヒヤリとさせようと…悪戯をしただけなんだ。

もう決して余所見はしない!もう二度と!
俺は夫になるのだから…そう誓うさ。
だからもう…肝など冷やしてくれなくて良い…
この彼女(死体)は俺の知らない誰か…であってくれ…!!

その願いは虚しく…両親からの失踪届けが出されていた事もあり
彼女の部屋に残された指紋とこの死体の指紋は早々に照合され
……彼女はシンシアだ…と断定された。

思わず友人の監察医に「嘘だ…嘘だ!嘘だ!嘘だ!」と
掴みかかる様に縋って叫ぶと
「残された毛髪と…死体のそれとも一致した…
もう否定する要素など無いんだよ…」と
彼は肩を竦め…申し訳無さそうに言った。

俺は彼に報告をくれた事のお礼を言っただろうか…
気がついたら俺は署の外に出て…ぶらぶらと街を歩いていた。

無意識に足が向いたのだろう…俺の‘無意識の散歩’の景色は
いつの間にか彼女と共に行動した場所ばかり歩いていた。

ココは彼女のお気に入りのカフェで…
彼女はキャラメルラテ…と言うのを好んで飲んでいた。
俺はいつもアップルソーダばかり飲んでいて
「まるで子供みたいよね…」と彼女は俺を笑っていた。

ココは彼女のお気に入りのCDショップで…名前は忘れてしまったが
なんたら…というバンドのファンらしく…限定版が出るから…と
折角の休日をそんな訳の分からないモノの為に買いに行かされたりしたもんだ。

お洒落で…優しくて…そしてとても我侭だったシンシア…
そこが可愛いいんだが…結婚して一緒に暮らす…となると
正直息苦しくなる…と無意識に思ってたのだろうな…
最後の息継ぎとばかりに俺は…

両親の話を聞く限り彼女は俺の家を飛び出してから
家に戻った形跡は無いそうだ。

要するに…彼女が死んだのは俺の所為…か。
でも何も!…この危険なロンドンで夜出歩かなくても良いじゃないか!
夜遊びが危険だとあんなに彼女に何度も念を押したのに!

…俺が念を押していたから…腹いせに出かけたのか?シンシア…
確かに俺は軽はずみだった!罰せられるべきなんだろう…

…けど…この責はあんまりじゃないか?
二度と会えないなんて!…謝る機会さえくれないなんて!
…抱きしめることさえ…許されないなんて…

ガラス越しに見た彼女のバラバラ死体は白い布が被せられ…
その非人間な形状は彼女の死さえも非現実的に感じさせた。
しっかり見なくては!現実を受け入れなくては!…そう思う俺は
監察医に頼み込んだが現状維持厳守なんだ…と断られた。
何度頼み込んでも彼は首を横に振り…

「君が埃でも汗でも…彼女の体に余計な情報をつけてしまっては
犯人検挙の足を引っ張る事になるんだよ?この体は
彼女が望んでもと望まないとしてもと命と引き換えに
犯人との繋がりを残した大事な証拠なんだよ?」と
俺に諦める様に懇願した。

犯人へ続くヒントは欲しい…
ほんの些細な情報でも良い…
ましてやシンシアの命を奪った奴の情報なんて
自分の命と引き換えても欲しいと思う。

俺は…引き下がるしかなかった…
婚約者なのに…未来を誓い合った人なのに
もう触れる事さえ許されなかった…
現実を認める方法すら何も無かった。

だから俺がこうして連日連日無意識の散歩をして
彼女の生きた軌跡を辿る事が唯一現実を感じる方法だった…
のかも知れない…それか…シンシアが俺に犯人を捜して…と
いつもの様に俺に強請っているのかも知れない…

俺の目には見えないだけで…

不意に俺が昔連れて行ったBarに足を運んだ。
店はまだ準備中で入り口にチェーンが掛かっていたが
俺はそれを横にずらして中へと入っていった。

そこで俺はバーテンから有力な情報を得た。
シンシアはここに来たと言うのだ。
そして隣に座っていたきれいな顔をした男に
何かを強請っていた…様に見えたらしい。

俺は胸元に入れていた聞き込み用の資料の中から
レオン・オーティスの写真を彼に見せた所
彼は「この男で間違えない!」と嬉しそうな顔をした。

コイツが犯人に違いない…シンシアはそんなに何人もの
男に絡む程社交的でも無い。そして彼女は非常に面食いだった。
腹いせに浮気をしようとしていたのなら…酒の勢いに任せて
彼を…誘ったのだろう…

物的証拠など今の所何も無い。
…無いが…身内の勘として俺は彼を犯人だと感じた。
上司に言うと「証拠も無いのに…」と呆れ…俺に他の仕事を与えるだろう
余り猛進するとこの件の担当から外されてしまうかも知れない。

そうなると最新の情報を受け取れなくなる…となると
俺はのらりくらりと独自で捜査をする必要がある。

絶対捕まえてやる!証拠も見つけ出してやる!
見つけて…捕まえて…

…俺は彼をどうしようと言うのか…
最愛の彼女を無残な方法で穢した彼を…
果たして今の温い法律で裁くのを黙って待つなんて…
温い身柄拘束などで彼の重い罪を赦すなんて…

そんな事…俺は出来るだろうか…
いや…例え出来ないとしてもしなくてはならない。
俺は警察なのだから…‘正義’なのだから…

彼女が…シンシアが幼い頃憧れていたヒーローの正体は
実は警察官だったと言うオチだった。
そこから彼女はとても警察官に憧れを持ったから
俺はこの職についた。

…ヒーローはあくまで正義なんだ…怪物は殺しても
人に鉄槌は与えなかった。

例え人間に裏切られても悲しい顔をしただけだった。
だからヒーローは格好良かった。哀愁さえロマンだった。
そんなヒーローに憧れた彼女の夫(ヒーロー)である俺が
この手を血で染める訳には行かない…だろう?

赦そう…罪を赦そう…例え…彼が犯人であったとして
俺は彼を赦さないといけない…

そう思って彼の…いや…オーティス家の名が引っかかるモノなら
何だって調べた。出てきたものは…と言うと
彼の祖父が小さい頃に図書館で借りた絵本に挟まっていた日記…
そして彼の父がある人…故人に貸した医学書に挟まっていた
手記…の様なモノ…

今の人ならざる行為への導き…と言われてもおかしくない
内容のその紙を何度も何度も読み…
自分の中の憎しみを沈める様に努力した。

怪物は生まれもって怪物ではない…彼を怪物にしたのは
きっと背景があって…そう心の中で繰り返すものの…

それは言い訳でしかないだろう?と
相も変わらず彼を責める自分を叱咤した。

何とか彼を赦したいのだ!
自分を納得させたいのだ!
個人的な憎しみなど持っていてはいけないのだ!
ヒーローはいつも凛としていたじゃないか!

俺は彼女の…シンシアのヒーローになる事が
長年の夢だったのだから…



例えヒロインが無残に殺されてしまったとしても…


+++  +++ 【続く】
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