PIECE COLLECTOR


【第十五話】



…そして…今に至るっと。」

そう言って話を終わり…彼女の顔を見ると
青ざめたまま何度も首を横に振っていた。

言うべきでは無かったのかも知れない。
それでも話したい気になったのだからしょうがない。
俺の事を気持ち悪く思うかも知れないが…
それがきっと俺の真実の姿。

嫌なら…逃げればいい。
俺はきっと君を追ってしまうけど…
どうにかして俺から逃げ切ってくれれば良い…と思ってる。

俺はもう…隣で無防備に寝息を立てる彼女に…
健気に世話を焼いてくれる温かさに…その愛おしさに…
いや、彼女のその全てに…暴走する想いが限界まで来ている。

もっと接したい…もっと触れたい…もっと彼女を理解して…
俺は…彼女を…

まるで蝶の標本の様に繋ぎとめて…不埒な愛を刻みたい。
そう思ってしまう狂った体内の液が忌々しい…
それに抗えなくなってきている我が身も情けない。

…俺は…所詮忌まわしい‘悪魔の子’から…変われないのか…?

そんな落胆とその奥の絶望と…
心の奥の奥の…真っ暗に閉ざした闇の中で未だ諦めずに
夢を見ている自分を感じた。

例え彼女が俺を恐れ…去ってしまっても…
きっと俺は彼女を忘れないだろう…
そして瞼の裏の…思い出を何度も何度も繰り返し愛でて…
生涯をかけて彼女を愛するだろう…

ソレこそが父の生き様への反抗…否定…
そして…自分の汚れ無き思いを…雑念無き‘思い’を胸に
生きていく事が…我が身に与えられた忌まわしきレッテルから
逃れ得る…唯一の手段と思った。

自分は父の様に‘快楽’になど溺れない。
そうせずに居る事が出来る。
彼女が俺の傍から逃げ出せば…それが出来るんだ。


思わずぐっと握る拳の中で…爪の食い込むのを感じた。
胸の痛みがじわりじわりと俺の首元まで這い上がってくるのを感じた。

嫌だ…嫌だ…嫌だ…彼女から離れるなんて…
折角見つけた…俺の…俺の…

……俺の…何だと言うのだろう……
俺の心の奥底は一体彼女に何を求めているのだろう…

そんな事を考えている間に目の前の彼女は居なくなっていた。



開け放たれた部屋のドア…残る…彼女の香り……



これで…良かったのだ…自分にとって…彼女にとって…
俺はそう自分を納得させる様に…後を追わない様に…
そのドアをゆっくり…しっかり閉め…その鍵を閉めた。

今まで自分の他に人が居た方が不思議だと思える程に
部屋の中は静まり返り…時計の秒針だけが時の流れを告げた。
大好きな静寂…ソレこそが俺の‘完璧な世界’…
安らぐ筈なんだ…あの時だって…そうだった。

なのに刻々と時を告げるその秒針は俺を
何かへの恐怖で震え上がらせ
空気は重い淀みとなって俺の足首に纏わりついた。

フラフラとベッドに近寄ると…
そのまま崖に身を投げる様に倒れこんだ。

何度もバウンドするその忌まわしい筈の寝具から
フワリと香り、漂う香りに胸を捩り切られる様な痛みが走り
そこを掻き毟る様に荒く撫ぜた。

どうして彼女と出逢ってしまったのだろう…
どうしてあの時彼女を攫って来てしまったのだろう…
どうして俺はあんな事を話してしまったのだろう…

こんなに苦しい思いをするなら言葉など交わさなければ良かった
…触れたりなどしなければ良かった…
そもそもさっさと殺してしまえば良かったのだ……
いや…そうではなく…出会わなければ
…こんな…苦しい思いなどしなくて済んだのに……


そんな事を思った。




…瞬間…





ガチャガチャと騒がしい金属音を立て
ドアノブが激しく左右に回った後どんどんとドアが叩かれ…
俺は呆気に取られ…思わず呆然と固まった。

「レオン!レオン!何故締め出すの!?悪戯ならやめて!開けてよ!」

そんな彼女の怒った声が聞えてきた。

脊髄反射の様に…俺は思考よりも早くベッドから飛び起き、
そのドアを開けて…彼女を力いっぱい抱きしめた。

「良かった!良かった!フィオナ!」
そう繰り返すと
「私…お手洗い行ってただけなんだけど…何か在ったの?」
と彼女は首を傾げた。

…まぁそれで…話は最初に戻る…と言った感じなんだが
俺の理性はどうにも彼女を出て行く様に願い…
俺の本心は彼女を傍に繋ぎたいと願った。

どちらとも答えの出ないままの俺は卑怯にも
彼女に選択を迫る事にした。
彼女の意思なら…と納得出来るかも知れない…
そんな所に希望を託したかったのだろう…

「フィオナ…君はココに居る理由を何処にも行く所が無いから…
と言ったよね?だったら…俺が出資をする。家を買うも良い…
オーティス家の名の下に就職先を探すも良い…推薦状を書こう。
何処にでも行ける。君は自由だ…としたら…君はどうしたい?」

そう問うと彼女は悲しい顔をして
「私が…邪魔に…なったの?」
と俺の顔をじっと見た。

「違う…違うんだ。…本心を言って許されるなら居て欲しい。
でも…俺は君を拘束してきてしまったから…君に自由を返したい。」

その時俺はその時どんな顔をしていたのかは知らない。
きっと胸に痛みがある以上辛い顔をしてしまっていたのかも知れない。
彼女は俺の顔をじっと見て少し悲しげに笑った後…

「貴方を一人になんて…させないわ…」と呟いた。
「俺は…平気…だ…」そう何とか言葉をひり出すと
「…本当は…自分が離れたくないだけかも知れないわ…」と言って
俺の体をぎゅっと抱いた。

この想いを…どう彼女に伝えたら良いか分からなかった。
胸がカァッと熱くなるこの感情をなんて言うのか知らなかった。

この温度をどう処理したらいいのか分からなかった。
気がついたら俺は…彼女の頬をぐっと押さえ…
その唇に…言葉にならない思いを流し込む様に…


キスを…してしまっていた。


きっとこれは取り返しのつかない行為で…
汚らわしい俺が彼女に触れてしまった…
そんな罪悪感で一杯で
申し訳なさで彼女の顔が見れなかった。

勝手に触れておいて顔を伏せる俺を
彼女がどう思ったのか分からない。
只…先程まで聞えていた恐ろしい秒針の音が
今度は俺を責める様にとがった音を出している様な気がして
耐え切れずに目をギュッと瞑った。

不意にその尖った秒針の音に衣擦れ音が混ざり
きっと彼女は今度こそ俺から逃げて行ってしまう…と思った。




…行かないで!




思わず目を開け…そう言葉を発しようとした
…瞬間自分の唇に吐息がかかり…彼女の唇が俺のソレに触れた。


「…俺は病気なんだろうか…酷くドキドキして…胸が苦しいんだ…」
そう彼女に言うと俺の胸に手を付いたまま
「私も…同じ気持ちなの…これは…テレビで見た様な…
‘恋’と言うもの…かしら…」そう言って頬を赤らめた。

「…恋…これが…恋…?俺は君に…恋を…した…」
「そう…な…のかし…ら…」そう言って俯く彼女に
「恋をしたら…どうしたら良いの?」と問うと
「私も…こんな気持ち初めてだから…分からないわ」と笑った。

途方にくれて彼女を見つめると上気した頬に流れる涙が
とてもキレイに光っているのに始めて気がついた。

「どうして…泣いているの…?」と問うと
「分からない…胸が一杯で苦しいの…」とその雫を拭う彼女を
ぐっと抱きしめ「俺もだよ…」と笑った。

満たされた時間…未だかつて味わった事の無い至福の時…
抱きしめた彼女の体は酷く温くて柔らかくて…
この上なく優しい感触だった。

ずっと…この幸せが続くと良い…
この混ざり物の無い思いを大切にしたい

俺は…そんな大それた事を望んでも良い存在ではない。
それでも俺は望んでしまう…このまま幸せを…彼女との時間を…
…きっといつかこの望みの前に絶望する時が来るんだろうけど…

俺は血に汚れた人間だから…
俺の血は汚れた悪魔の血だから…

いつか…この幸せから引き摺り下ろされる時がくる…
そう分かっていても俺はこの感触をもう…

手放せるとは思えなかった…。
【続く】
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