PIECE COLLECTOR


【四話】

「っはーーーーーーーっ!一杯食べた!
こんなにお腹一杯になれたの私、生まれて初めてよ!」
そう伸びをしながら席を立とうとして思い出した。

…そう言えば食事の前の黙祷を忘れてた…

もう一度座りなおし、
「主よ…今日も糧を与えて下さって有難う御座います。」
そう手を組み、頭を垂れ呟くとその様をじっと見ていた彼が
「やっぱり君は分からない…」と首を捻った。

長々と彼に説明をするより片付ける方が先ね…
食器に汚れがこびり付いてしまう…

そんな事を思ってさっさと自分と彼が使った食器を
手早くキッチンへ運ぶとそれを洗って片付けた。

本当はさっき寝ていた時、殺してしまうつもりだった彼だ。
私の我侭で食事の終わるまで待つ…と言う暗黙の約束をして貰ったのだ。
こうして全てが片付いた今、もう逃れる事は出来ないだろう。

本当は食事だって赦してくれるなんて思わなかった。
でも私は只、空腹が辛くて苦しくて…ひもじくて…ソレから開放されるなら
もう…死んでも構わないと思っていた。

胃が痛くて…お腹が気持ち悪くて…胃酸なんてもう…
消化するものの無い暇つぶしに何度も喉を遡って来ようとして…

…もう一週間も食べてなかったんだもの…

経営の行き詰っていたモーテルでは私の食事を出す費用も無かったらしく
「すまんが自分達の食事もままならないんだ、外ででも貰ってきなさい」
そう言われてはそれ以上要求など出来なかった。

それでも働いてる限りは…食事はともかく…
雨風が防げる室内で眠る事ができた。

ベッドはお客様専用で使わせて貰えなかったが
オーナーの奥さんが沢山の毛布を私に与えて下さったから
自分の部屋代わりとして与えて頂いた倉庫の床でも
一向に寒くは無かった。だから我侭など言えなかった。

レオン…だったわね…彼に繋がれて横になったベッド…
長年手入れがされてなかったのか埃っぽくはあったけど
暖かくて柔らかかったなぁ……

こうしてちゃんとした‘柔らかいベッド’に横になるのが
生まれて初めてと言う訳でも無かったがそうそうある事じゃなかった…


人生で二回目…一度目はあの時…


昔、自分の面倒を見てくれた姉代わりの少女が
「凄く嬉しい事があったの!お金なら心配しないで」と鼻息を荒くして言い、
何を思ったのか彼女は一瞬考える顔をするとフッと雑踏に消え、
その華奢な両手に抱えれる限界の量の食料を買い込んで帰って来て
「さぁ!一緒に食べよう!着いて来て!」と微笑みながら
ホテルへ入り泊まる手続きをした…

汚らしい格好の…子供が二人…の宿泊手続き…
「冗談で大人をからかってはいけない…」
当然ながらそう彼女を嗜めたフロントマンは
彼女が彼の目の前に沢山の紙幣を見せると
態度を一変させ部屋へと案内してくれた。

「今日はここで寝るのよ!フィオナ!夢みたいでしょう?」
彼女は目をキラキラさせながらベッドに乗って飛び跳ねて
その初めて感じるスプリングの感触に二人で酔いしれていた。

何度もベッドにうつ伏せで倒れては
まるで見た事も無い‘母親’に甘える様に
その柔らかいシーツに顔を埋め、こすり付けては
二人、目を合わせて笑った。

あの時の柔らかな感触が未だに頬に残っている。
それなのに…共に生き、ソレを楽しんだ彼女は
もうこの世には居ない…

あれから何年も経った今…ようやく逢いに行けるみたい…
…非常に不本意な形だけど…今、行っても彼女はまだ
自分の事を「可愛い私の妹…」と呼んでくれるだろうか…

そんな事を思いながら踵を返して彼の方を向き
「さ、片付けましたよ!ミスターオーティス…何処で私は召されましょう?」
そう言って‘仰せのままに致します…’とばかりに彼に向かって跪いた。




―――カツン…カツン……




冷たい床に響く彼の足音が自分の方へゆっくり近づいてきた。

覚悟はしていた…筈なのにその‘死’が目前に迫った今、
こんなにも怖いと感じるなんて思いもしなかった。

震える自分の体をぐっと抱きしめ、真っ直ぐに自分の命を奪う
この死神を見据えた。



命乞いをする…?



いいえ…例え生き伸びたとしても…ここから追い出されては
きっと…私は飢えと寒さで死んでしまう…

諦めよう…そう、決して楽しいと言える人生では無かった。
でも‘愛’も知れた。沢山の人に出会えた。
沢山の思い出を貰った…そして今日、
‘贅沢な食事’も‘暖かいベッドでの睡眠’も与えてもらえたじゃない…

決して不幸では無かったわ…。

そう思い、目の前まで迫ってきた彼の手に持たれた銃が…
…その冷たい鉄の感触が自分の額にそっと触れた時
私は…恐怖で思わず両手を組み、祈り、そっと目を閉じた。



真っ暗な世界…何も音がしない空間の中、
膝を突いた両膝だけが床に冷やされ額に当たる銃よりも冷たかった。



そうしてどれ程の時間が経ったのだろう…
何時までも響かない銃声に恐る恐ると薄目を開けて彼を見た。
親指の爪を噛みながら右手で私に銃口を突きつけたまま彼は
何か考え込んでるようで…話しかけれる雰囲気でもなかった。

殺すなら…さっさと殺してくれないと怖いじゃない!

…正直そんな事も思ったが怖くて…
とてもじゃないがそんな事、言えたものでは無かった。

フッと額にあったその冷たい感触が消え、
また彼の重厚な足音が聞え始め…

そっと目を開けると彼は私に背を向け、
キッチンの入り口に歩いて行っていた。

「…殺さないの…?」
聞かない方が良いのに聞かずに居れない質問…
訪れる奇妙な沈黙…

「…興が削がれた。又にする。今日は寝よう」
そう言って彼は銃口で‘こっちへ来い’と指示して
私をさっきの部屋へ連れて行った。



【続く】
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