PIECE COLLECTOR


【三話】


「白い方がカリフラワー…緑の方がブロッコリー…」
歌う様にそう言いながら階段を下りる彼女に
赤面した俺は何度も黙って頷くしか無かった。

よく似たこの二つの色違いの野菜の所為で
俺は彼女に散々笑われ、
余りに笑い転げるので初めは何とも思って無かった
その…彼女の言う‘常識’を知らない事が
どんどん恥ずかしいと思い始めた。

「…本からの知識なら…きっと君より知ってるよ…」
そう小声で言う俺に
「そういうのは常識を覚えた後に覚えるものよ!」と
調子付いた彼女は俺の鼻を人差し指で小突き俺を馬鹿にして笑った。

ムッとした俺は小突かれた鼻を擦りながら
「そんなに人の失敗を馬鹿にするもんじゃない!」と怒ると
「良いじゃない…私はもう殺されちゃうんだから…
少し位…仕返しさせてよ…」と悲しい目をする彼女に
又、訪れる不快感に俺はそっと自分の胸を撫ぜた。

「胃潰瘍では無いんだけどな…何だろう…」
そう首をかしげる俺に
「どうしたの?」と眉をひそめてこちらを見る彼女…

この表情の意味が分からずに
「いや、何でも良い。料理を…」と言い彼女に銃口を向け
厨房への扉を開け!と指示した。

はいはい…とばかりに肩を竦めながら冷蔵庫を空け
一番手前に置いてあった林檎…(と聞いた様な気がする)を
掴むといきなりそれに食らいついた。

凄い迫力でそれを貪るその様に異様さを感じ
思わずグリップを握る手が汗ばんだ。

本当に危険な子だ…何をしでかすか分かったもんじゃない…

警戒しながら彼女の背中を見つめ銃口をその小さな頭に向け
ゆっくり撃鉄を倒そうと指をかけた瞬間



「はーーーーーーーーっっっ!死ぬかと思ったっっ!」




と彼女は気持ち良さそうに大きな声で言った。





…彼女は何か悪い病気なのか…?





そんな事を思いながら銃口はそのままで彼女に
「どうした?」と尋ねると
「お腹が減って死にそうだった!余りに帰りが遅いもんだから!」と
俺を睨みつけながらそう言った。

「そう…」
「それに…何時発砲されて死んじゃうか分からないんだもの…
生きてる間に何か食べないと夜な夜な出てきて冷蔵庫漁っちゃう…」
「…死ぬのに…食べるのか?」
「死ぬその瞬間までは‘生きよう’としたいもの!死んだら未練残るもの!」

そうキッパリ言う彼女に又、俺は思わず感心し
「分かった。銃は向けない。思う存分料理してくれ。
君の楽しみの為に…。ただし変な真似して逃げようものなら…」と睨むと
「…逃げたってもう…行く場所がないのよ…」と彼女は悲しげな顔をした。

「モーテル…今月で潰しちゃうみたい。
ずっと食べ物と寝床を提供してもらう変わりに働いてたんだけど…
また…元の生活に戻らないと…でも戻ればきっと飢えて死んでしまうわ…」
「元の生活…?」
「そう…元の生活…」

そう言ったまま黙り込んだ彼女は器用に食材の形を次々変えていくと
次第に何だかよく分からなかったモノ達が‘料理’に形を変えていき…
次々に食器に盛られてテーブルに並べられていくその様は
まるで本で読んだ‘魔法’の様だった。

興味深げにその皿の群れをしげしげ見る俺に
「こういうの…料理してるの…見るの初めて?」と彼女は眉間に皺を寄せて聞いた。
「そうだね。初めてだ。」
「…こんな大きなお屋敷だったら…そうね…メイドさんとかはどこに…?」
「…皆、死んだ…」

「……っ!死…!?…貴方が殺したの?」
「いいや、母が殺した。」
「…お母さんは…?」
「俺が殺した。」

「…っっ!殺…!?なっ…なら!お父さん…」
「父もメイド達も親戚も知人も母が皆、殺した。
さぁ、冷めない内に食べようよ」

そう言いながらその目の前に用意された食事をスプーンでかき混ぜた。

「ああ!折角綺麗に盛ったのに!!」
「いやー、一度メイドが俺の食事に砒素を盛った事があってね…
それ以来こうして確認するのが習慣になっちゃって…マナー違反でごめんね?」

そう言って微笑み、淡々と料理を食べ始める俺をじっと見て
中々食べ始めない彼女を不審に思い、自分も食べるのを止め
食器を脇に置いた。

「…どうしたの?食べないの?さっきはあんなに…」
「…ごめんなさい…」
「…君も料理に何か入れたクチ?」
「…そんな悲しい事とは知らずに…思い出させて…ごめんなさい…」

そう言って頬から涙を零す彼女に思わず吹き出し
「…っはは!どうしたんだい?…悲しい?…何が悲しい?」と問うと
「…お母さんは…どうしてそんな事を……」と泣きながら呟く彼女に
「さぁ…五月蝿かったからじゃない?」と答え、食事を再開した。

淡々と食べる俺をじっと見て首を捻った後
気を取り直したのか彼女も食事を再開した。

壁時計の針の音が室内に鳴り響き
俺はそれをBGMに料理を食べ終えた。
向かいの彼女の未だ食べ終わらぬ食事の…
その作法をじっと見つめて居る内に
俺はどうにもこうにも笑いが止まらなくなった。

「…っ!?…どうしたの?」
「いや…君の言う‘常識’の中に綺麗な食事の仕方…は入ってないのかい?」
そう問うと彼女は真っ赤になり
「…教えてくれる人など…一人も居なかったもの…」と呟いた。

「酷い有様だよ…チキンは手づかみで食べるし…
汚れた手は服で拭くし…ボロ服とはいえ…そんな風に汚れてしまうと
気持ち悪くないのかい…?」

そう言いながら席を立つと彼女の背後まで移動し、
テーブルに着いた彼女の肘を持ち上げ、その小さな手に
自分の手を重ね、ナイフとフォークを持った。

「ナイフとフォークはこうして使う。基本的にフォークで口に運ぶんだ。
切る時食材を押さえるのもフォーク。手が汚れたらフィンガーボール…
あぁ…今日は出してないから服で拭いたのか…ごめん。俺は汚さないから
つい…」

「あの…すいませんが…」
「…ん?」
「フォンガーボールって…何ですか?」


そう首を捻る彼女につい笑ってしまう俺…


「…教えてあげても良いけど条件がある。」
「…何ですか?」
「俺のブロッコリーへの質問と相殺なら教えても良い。」
「どういう事です?」

「もうこれ以上あの事で笑ってくれるな!と言う話だよ。」
そう言うと
「ええ!まだ根に持ってたんですか!私…すっかり忘れてたのに…」
そう驚く彼女に自分の真の失態を知り…

「…テーブルの上に置く指洗い様の容器の事だよ…」と力無く言い…
うな垂れ…彼女の肩に頭を預けた。


「…ねぇ…私、フィオナ!フィオナ・レッドフォード。貴方は?」


何を思ったのか自己紹介をする彼女に驚き、思わず
「殺す人間に名前を教えてもね…」と突き放す俺に
「自分にピリオドを打つ人の名前位は知っておきたいし…
自分の名前も知ってて欲しいわ。」と彼女は言った。

どうせ言ったとしていずれ居なくなる人間だ…
言ってもメリットは無いがデメリットも無いだろう…
彼女が逃亡しない限りは……そう思い、

「レオン…。…レオン・オーティス…」と名前を告げた。





【続く】
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