PIECE COLLECTOR


【八話】

いつもの様に研究室で黙々と研究室へ行き
研究に没頭しよう…としたものの…
どうにもこうにも落ち着かない。

思わずため息をついてデスクに頬杖をつく俺は
よっぽど隙のある顔をしていたのか…
いつもなら近づく事の無い教授が俺の傍に来て

「どうしました…?ため息などついて…
死体にしか目が向かない君が…献体に恋でもしましたか…?」
と笑った。

「……恋………?」
「科学を扱うものは科学で図れないものこそ大事にすべきだよ…
君の父にも…そう教えてやるべきだった…」
「……そうですか…しかし…恋…とは?」

そう珍しく自分に質問する俺に驚いたのか目を少し見開いた後、
好奇に満ちた目で俺の顔をシゲシゲ見て
「その頬の色が全てを物語っているよ…」と柔らかく微笑んだ。

言葉を失い、只、温度変化のあった頬を両手で確認すると
教授は苦笑し…
「昨日、ワシの所に警察が訪ねてきた。…ここいらで起きた
連続殺人犯について…女性の被害の子宮が綺麗に切り取られてる事から
医療関係の人間だと目星をつけているみたいでな…」

そう言って俺の表情から何か読み取ろうとしていたのか
しばらく言葉を切り、じっと真剣な目で
こちらを見ていた教授は軽く笑い…

「正直…真っ先に君の顔が浮かんだ…警察には言ってはおらんが…
君は…辛い思いをした経験からどういう進み方をしたかを
ワシは知らないのでね…でも…その調子では大丈夫そうじゃな…」
そう言って俺に背を向けるとさっさと自室へと帰っていった。

警察…捕まる事を心の何処かで望んでいた時もある
しかし…今…彼らの手が自分に伸びて来た今…
どうしてこの心はざわめくのか…

胸の中にじわっと広がる重たい何かにそっと手を当て
紛らわそうとさっきの教授の話に出た別の引っ掛かりに
思いを馳せた

…恋……何だ?恋って…顔もどうして熱くなったのか…
きっと今朝の様に俺の頬は赤くなっているだろう…

この現象を…彼女は何と言ってたかな…
そうだ…!恥ずかしくて…照れている…?
俺は「恋をしている…」と言われて照れている…?

どうして照れる…俺は恋…恋……
恋は…相手が居てするものだろう…?
相手なんて…死体以外…女性と関わった事なんて…
フィオナしか居ないじゃないか…

俺はフィオナに恋をしている…?
…恋…フィオナ…でも彼女はいつか俺の手
から離れていってしまう…人だろう…?

例えこの現象が恋だとして…恋の先には何がある?
愚かしい快楽を恋と言う建前の前に誤魔化し…跪き…
意地汚く互いを貪るだけではないか…

いつも父がメイドに言っていた言葉がある…

‘ああ…罪深き太陽よ!運命の悪戯よ!
私はどうして他人に永遠など誓ってしまったのだろう…
こんなにも美しく淫靡に俺を誘いこむ悪魔がこんな所に居ると言うのに…
今更になってその姿を見せ付けるなんて!!’

子供心に何故こんなにクサイセリフで
夢中になれるのか不思議で仕方が無かった。
少し考えればこれが使い古された遊びへの誘いである事なんて
ほんの少ししか生きていない自分にも分かるのに…

女とはなんと愚かな生き物か…
女が真に欲する言葉を真に誠意ある男は持たないのに
夢見がちな彼女達は狼の言う嘘で固めた‘求めし理想’
…見せられた幻想に食らいつき…
その心を…体を蝕まれる羽目になると言うのに…

父は…全てのメイドに手を付け…自ら立ち上げた秘密クラブで
彼女達に身を売らせていた事を俺は知っている。
「病院の経営が苦しい。経営資金と妻との離婚費用が溜まれば…
…結婚しよう。だから協力してくれ…」と個々に囁き

二人の関係が露出すると離婚する際、不利になる為
皆には内緒だ…と口まで塞いで…

実際にその費用が経営に使われる程資産に困ってはいなかった。
どうせバレたら‘殺人ショー’として退屈を弄ぶ金持ちを集めて
見世物にして殺すつもりだったんだろう…

俺にした行為と同じ様に心を疲弊させ…失わせ…
嬲り者にしたかっただけで…

俺は彼女に何の思惑も抱いていない…
そんな餌をまく必要も無い…

父の吐く‘恋’と俺の現状を表す‘恋’…
これは同じものなんだろうか…
もし同じ気持ちを共有してしまったとするなら…
俺は生きてる事に絶望し、命を絶ってしまうだろう…

あんな汚らしい人間と同じ思いをするなんて…
理解する羽目になってしまうなんて…!


耐えられる筈も無い。


体内に流れるこの彼から受け継いだ‘血’さえ忌々しく
全身の肉を引き裂いて全て出してしまいたい程なのに!

俺はあんな流暢に狂ったセリフを並べない。
彼女に求めるものは…特に…無い…
犯して潰してしまいたいなんて微塵も思わない。

只…そう…瞼に焼き付いて…厄介なだけで…
逃げていないかどうか不安なだけで…
何をどうしたいかなんて…無い…筈で…
彼女は只の邪魔者で…消えて欲しい存在なだけ…

それでも体は勝手に急ぎ…家路を早足で急いだ。

あの部屋は鍵無しで用意に開けられる筈が無い。
窓は鉄格子が嵌り、小物は強力な磁石でデッキボードに
留められている。か弱い女子供の力では到底動かせない。
逃亡も自殺も他殺も…他から持ち込まない限り出来ない部屋だ。
俺がこの身をもって検証してきた事だ。

そんな事…分かっていても…落ち着かない俺の体は急ぎ…
いつの間にか俺は息せき切って走っていた。

体の血液が巡回してるその勢いを感じるほどに
珍しく走った。間接も筋肉も…血がミナギリ…
体がジワッと暖かくなった。

体はこんなに温かいものだったか…
こんなに動かせにくいモノだったか…

そんな事を思いながら俺は人目も憚らず
クスクスと笑っていた。

俺は彼女に出会ってから驚く事ばかりで…
こんなに短い時間しか一緒に居ないのに…
何度笑っただろう…何度驚いただろう…
本当に………オカシナ子だ…オカシイのは…俺の方だろうか…?



辿り着いた家のゲートに手を付きながら
息を整える俺の背を叩く感触に驚いて振り返る…と
ソコにはヤードの制服を着た男が
手帳を見せつけながら俺に薄ら寒い笑顔を向けていた。

「…すいません、ご協力を仰ぎたくて…先日この付近のモーテルで
一人の女性が殺されまして…で、手口からこれは連続殺人と
見てるんですが…貴方はなにか心当たりはありませんか…?」

そう問われ…特に話す事も無く…
まさか…「俺ですが…何か?」と問う訳にもいかず
俺は只首を傾げ「さぁ…」と言った。

「そうですか…ちなみにその時間…どうなさってました?」
「バーで飲んで…後は家で…」
「家で…それはお一人で…ですか?」

そう問われた瞬間…


ゲート少し離れた屋敷の二階から窓を叩く音がして
不意に二人とも上を見た。


不味い…正直そう思った。
確かにあの部屋から脱出は出来ない…が…こうして
誰か尋ねたりしてくれば…助けは呼べるのだ…

やはり彼女はさっさと始末しておくべきで…

…なんて思ったのは一瞬だけだった。

窓の内側の彼女はとても嬉しそうにこちらに向かって手を振っており
声は聞えないまでも口の形は明らかに「おかえり」と言っていた。

「…あ…の…」
言葉の続かない俺は熱くなる自らの頬を押さえ、隠した。

そんな俺を横目で見ていたのか捜査官らしき男は豪快に笑い
「あっははは…そうか…彼女と熱い夜でも過ごしていたか!
そりゃ言い辛いな!純情青年!ま…お幸せに!」

そう言って俺の背中をバンバン容赦ない馬鹿力で叩くと
さっさと引き返していった。

その背中が小さくなり…曲がり角に消えたのを見計らってゲートを潜り
俺は玄関の鍵を開け彼女の元へと急いだ。

【続く】
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