PIECE COLLECTOR

【第三十話】



「……彼を撃ったのは僕です。」
そう呟いた。
「そう…それが貴方のお仕事ですものね……」
そう目も合わせずに答えると

「出来るなら生きたまま確保…が命令でした。」
そう抑揚もつけずに彼は私をじっと見てそう言った。

思わず涙が止まり、彼を見た。
なんと言ったら言いか分からず
只、沸き起こる怒りだけが私を支配し始めていた。

本当なら生きていた…
彼が撃たなかったら…レオンは生きていた…?
例えガラス越しだったとして…彼をこの目に映す事が出来た?
…彼が撃たなければ…彼が殺した…彼がレオンを…

思わず駆け寄って彼を床に押し倒し
その首に手を掛け「レオンを返して!返してよ!」と叫ぶ私の肩を掴んで

「だったら!シンシアを!シンシアを返してくれ!」

彼はそう叫んだ。

「シンシア…」
その名には見覚えがあった。
レオンが手に掛けた大勢の被害者の中にそんな名前の女性が居た。
…そうか…彼は…

「僕のかけがえの無い人だった…出来心で浮気して…喧嘩して……
腹いせに自分の浮気でもしようと思っていたのかな…
その相手がアイツだった…遺体がさ…抱きしめられないんだよ…

細切れで…

許そうと思った!許したかった!だから撃つ気はなかった!
でも…でも!!
理屈ではどうしても押さえきれない憎しみが…
彼の顔を見て溢れてしまった…抗ったが…結局は…」

そう言って謝る事も出来ずに唇を噛む彼の首から手を離し
「ごめんなさい…ごめんなさい…」と何度も繰り返すと

「俺も謝らない。…君も謝るな。謝っても取り返しがつかないんだ。
シンシアも彼も…もう帰ってこないんだ…只、君が新聞を読んで傷つけばいいと…
アイツを殺して君を傷つけたら少しは救われると…そう…思って…でも実際は
どうしたって苦しいだけで…どうしたって君の愛する人も…僕の愛する人も…
戻らない!戻らない!救われない!決して!永遠に……!!」

床に寝転がったまま子供の様に涙を流す彼の体を
ぐっと抱きしめた。

彼を赦せる?…いいえ 赦せない。
彼を責められる?…いいえ、責められない。
何が出来るでもない二人は只、立ち尽くし
お互いの体を抱く事で何か進むと思わないと仕方が無かった。

それから何ヶ月とその病院にお世話になり
何度も突発的な自傷行為を続け、何度も例の警官に止められ
泣き濡れては空を見上げる日々が続いた。

警察から彼の持ち物の本の間から婚姻届と遺言が発見されたと知らされた。
そこには只、一言「自分の所有する財産の全てを
フィオナ・レッドフォードとその配偶者、その子孫へ譲るとする」
と記されてあった。

嬉しく無かった。全てを彼が手に掛けた被害者達のご家族に
渡してください…と告げると少しは受け取りなさいと諌められ
自分が食べていけるだけのお金は受け取らされた。

彼がこの世に居ない今、お金なんて何の意味もないモノだった。
この世に何の未練も無かった。
いっそ消えてしまいたかった。
ご飯も受け付けなくなり何度も吐いた。

この書きかけの婚姻届を胸に彼の元へ…
施設の事も…もうどうでも良くて…

まるで夢の世界の中の様に…私は朦朧と生き…
食事も取れずに吐いてばかりいた。

余りにも頻繁に吐くので不審に思った医者は
私を検査した。

「妊娠3ヶ月です…父親は…あの…彼かい?」
そう問う医者に驚きながらも深く頷いた。
「まだ堕胎できる。きっと君は後悔する事になる。」
そう言ってゆっくり首を横に降る医者に

「やっと生きる理由が見つかりました…何か…食べないと…」
そううわ言の様に返事をした。

そして結局出産まで病院でお世話になりながら
警察が調べてくれたレオンのお墓を尋ねた。
そんなに近い場所では無かったが毎日毎日ソコへ通った。


「レオン・オーティス ココに安らかに眠る」とだけ表記された石…
その下には誰がしてくれたのか彼の亡骸が葬られているらしい。
その冷たい石に頬をつけて毎日毎日そこで何時間も過ごした。

ある日、墓守のおじさんが私に「いっそ後継者になるか?」と聞いた。
私は悩みもせずに「はい。」と返事をした。

そして退院するとそのおじさんの家に同居する事になった。
おじさんは良い人で職業の所為か、子供も奥さんも居なかったらしく
私が産んだ赤ちゃんをまるで孫を扱う様に大事に扱ってくれた。

私はその子供にもう呼ぶ事も無いと思っていた愛しい名前を…
‘レオン’と名づけた。

レオン.Jr.オーティス…

この国では死者との入籍が認められない為、
フランスへ渡り、彼の残した婚姻届を出し、事情を話すと
こちらまで彼の話が伝わっていたらしく
怪訝な顔で私を見ていたがしぶしぶ
‘オーティス’の姓を受ける事を了承してくれた。

夢にまで見た二人の結婚…それが嬉しくて…
それなのに彼が傍にいない事が悲しくて…
家に帰ると彼の墓石に体を預けて泣いた。

退院してすぐにどこから嗅ぎ付けたのか取材がしばらく殺到したが
只一社…あの真摯な姿勢の記事を書いてくれた新聞社だけに
自分の思いを吐露した。

その独占取材記事の載った新聞は飛ぶ様に売れ
‘猟奇的な快楽殺人鬼’から‘親のエゴに潰された憐れな子供の行く末…’
と悪役から今度は悲劇の主人公へと世評ががらりと変わり
私に冷たく攻撃的だったご近所さん達は手のひらを返す様に
私に優しくし…

「新聞で見たのぞっとする程ハンサムだったね。」
「どんな激しいロマンスだったの…?」

何てゴシップ記者となんら変わらない好奇の目を自分に向けた。
どっちにしろ無神経。低脳も甚だしい。
それでもそんな所が人の可愛らしい所かも知れない…
最近はそう思う余裕さえ出てきて

「本当に…優しかったんです…」
「今でも…愛してます。永遠に…」
そう心から洩らす私のセリフをまるでお伽の世界の事の様に
うっとりと聞き入ってる人達を愛おしくなったりもした。


ねぇ…レオン?…貴方が居ないと生きて行けないと思った私も
こうして立派に生きてるわ。
貴方が居なくても世界は回るし、私は年を取って行くの。
そして二人の‘生きた証’も…


不意に肩を叩かれて振り向くと少年は
微笑みながら手に握ったクッキーを私に渡した。

「今日ね、お誕生日会でお菓子貰ったからママと半分こしたくて
食べるの我慢して持って帰ってきたんだ。」
そう言って照れた顔をして自分の親指の爪を噛んだ。

その顔はまるであの日のレオンで…

不意に涙が零れ、彼を抱きしめ「私の宝物…愛してる…レオン…」と
繰り返した。そんな私の背中を撫ぜながら「分かってるよ」と言った。

逢った事も無い父なのにこんなに似るなんて…
日に日にレオンに似てくる息子が嬉しくて…苦しかった。
それでも私は彼から目を反らす事無く話す時はじっと見つめて
手を握り、肩を抱き向き合った。

彼が愛に飢えない様に…
レオンの様に悲しい想いをしない様に…



ねぇレオン…



生きていくって苦しいね…



それでも私は思うの。



貴方と出会えて良かった…。




例えこの魂さえ滅んでしまっても…
永遠に…愛してるわ…





もしこの子が大きくなって私に最後の時が訪れたなら…
死神は貴方が良いわ…




どうかあの日の様に





…私を…






………さらって逃げて……




+++ +++


【後書き】

母の日記や話や自分の体に流れる血が導く事を元に
こうして本を出版したのは決してお金儲けの為でも、
売名的な何かでもなく…殺人というモノを美化しようと言うのでもなく

僕は只、誰も、もう二度とこんな悲劇を繰り返さない様…
そんな想いで二人の一生を本に纏めさせていただきました。

殺人は決して赦される事ではありません。
どんなに理由があろうともそれを肯定する術などありません。
私の父は犯罪者です。それはゆるぎない事実です。

しかし…
もし父が育つ中で一人でも愛を注いでくれる人が居たら…
傍で泣いて…笑って…心を共にして感情を教えてくれる人があったら…
こんな悲劇は起きたでしょうか?大勢の命が失われたでしょうか?

手前勝手な人間の脆弱さは人の心を容易に殺します。

貴方は貴方の大事な人を想ってあげれていますか?
傍に居てくれている人に背中を向けていませんか?
そして貴方は自分自身をしっかり愛してあげられていますか?


もう悲劇は何度も繰り返してはいけないのです。

 
母は今年、父の墓標にもたれかかる様にして息を引き取っていました。
その顔は安らかな満たされた優しい表情をしていました。
きっと父が迎えに来たのだと…私はそう信じています。


全ての人に愛を…救いを…


そう願いを込めて…



最後に…この本を発行にあたり嫌な顔をせずに
協力して下さった元警察官、現在××探偵社の名コンビのお二人
そして心強いサポートを下さったメディア・ハーティスの方々。
そして罪人の子供である忌まわしい筈の僕に優しさを…
叱咤を…抱擁を下さった全ての人々へ感謝をこめて…




レオン.Jr.オーティス著


【END?】


(後書き)

祖父から父へ…父からレオンへ…

歪んだ自己と愛情の表現…その負の連鎖を
二人は命を賭けて断ち切りました。

レオンjrは彼らから受け取った‘愛’と‘無念’を胸に
きっと幸せになるでしょう。

人は決して完全に満たされる事なく
どこか小脇に孤独を抱えるようになっていると
聞いたことがあります。
誰かと繋がる様に…わざと欠けて作られたと。

PIECE COLLECTOR…欠片を求む者(直訳ではないです)…
レオンとフィオナだけでなく警官達も記者達も…
勿論これを読んでくださった方々も
皆何かを拾い集めながら生きているのだと思います。

それが‘物’だったり‘想い’だったり…
‘温度’だったり…

どうか皆さんが沢山の素敵な‘PIECE’と出会える様に…
と願って書きました。あといい加減なマスコミへのイラッとも
多少…その…ごにょごにょ…

最後まで御付き合い有難う御座いました。

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