PIECE COLLECTOR

【十話】


私からひったくる様に服を取り
さっさと部屋を出て行ってしまった彼の後姿を
呆然と見ながら私は考えていた。

あの人の行動を掴めた事など一度も無かったが
ずっと無表情だった彼があんなに動揺を露にするとは…

何があったか知らないけど…凄く嬉しい気分になった。

施設を出されてからずっと同じ服を着て…
汚れてくると体が痒くなったりするので
たまには川で洗ったりしていた…

そんな時は橋の下で誰か来ない様に友達と交代で
裸になり…新聞紙で体を隠し、その服を乾かした。
たまに通りすがりの人に体を見られる事があっても…
さっき程…‘恥ずかしい’と思う事は無かった。

…まぁ…あの時はまだ小さくて…
よく分かってなかっただけかも知れないけど…

友人が言っていた。
大人になれば体を売って生計を立てれると。
体を売るって言うのはつまり…
名前も知らない誰かに…体を触られる…という事…らしい。

それからどうするのか突っ込んで聞くと
彼女は困って言葉を濁したから知る事は出来なかったけど…
あんな恥ずかしい姿を人に見せるなんて…
…大人になるのは…難しいわね…

最も…

いつ終わるか分からないこの命だもの…
そんなの…きっと知らずに終わるわ。
…そう……何も知らずに…私は死んでいくわ…。


…知りたい…


折角生きたんだから…何か知りたいわ…


生活の為の知識だけじゃなく…何か…


…何か…



…何か…って…何だろう…。




そんな答えの出ない事を考えている内に
レオンは両手一杯に服を抱え、ベッドの上にそれらを投げ
クローゼットにしまっておく様に言った。

言うとおりに動こうと…クローゼットを開けたけど
レオンの服が沢山入っていて…
どうにも入れるスペースが無かった。


困った顔で彼を見ると少し考え、自分の服を整理し始めた。

「…!どうするの?それ?」
「隣に引っ越そうと思ってね。落ち着かないけど…仕方ない。」
「私が…隣に行けば良い話しじゃない?」

そう提案すると…

「隣の部屋は…君を拘束できる様な準備は整っていないよ…」
と笑った。

その時初めて気が付いた。
初めは彼が殺人の為に…こういった部屋を作ったと思っていた。
…でもそれなら…

この部屋だけ…この仕様…はおかしくない?他にも部屋が沢山あるのに…
それに彼はベッドで眠らないのに…彼の部屋のこのベッドは存在して
手錠はいつでも掛けれるように柵に掛かっていたけれど…
その手錠はずっと使われて無かったかの様に
錆びてギリギリと不自然に鳴っていた。

手錠を付けられていたのは誰?
かつて殺された人…?ご家族の…いえ…それは多分違う…
…ひょっとして…

この人が…繋がれていた?

心の中に何か嫌な予感がした。
その予感に弾かれるように…彼の手首を掴んだ。

だって…雨ざらしの鉄柵だってこんなに錆びていなかった。
只一度…こんなに錆びた鉄を見たのは一度きりだった。

大事な姉代わりだった少女が最期に握っていた鉄柵が…
彼女の死を受け入れられずにいた私に
まるで事実を突きつけるかの様に…日に日に錆びていった…

その一度きりだった。…もし彼が繋がれていたのだとすれば…
何か傷が残ってるんじゃないか?…そんな事を思った。
別に調べてどう…って話では無かった…
只、何でも良いから知りたかった。

自分の産まれし世界の事を…その世界のどんな些細な事でも…
たとえ自分を殺してしまうだろうこの人の事でも…
少しでも…知りたかった…だけだった。

…が結果は予想をはるかに上回る程残酷だった。
私の握った彼の手の皮はズルリ…と剥け…いえ…違う…
手の皮の様なモノ…が…だわ…。

その下からは赤黒く焼け爛れ皮膚のパンパンに張った腕が
まるで今までの光景が幻立ったかの様に痛々しく覗いていた。

「…っひぃ!」

思わず声を上げて後ずさった…
そんな態度を取ってはいけない。彼の不興をかって殺されてしまう!
…何より…きっと…彼はこの態度を…喜ばしいとは…思わないだろう。
…きっと傷つけた。最低の行動だ。態度だ。

彼が今、どんな心境かと思うと…申し訳なくて…
怖くて…彼の表情が怖くて思わず顔を伏せたまま上げられなくなった。
それでも自分のした失態の大きさは確認して罰を受けなくてはならない。
そう自分を叱咤し、思い切って彼の顔を見た。

その表情は…何とも形容詞難い表情だった。
悲しいとも言わず…怒ってるとも言わず…
いや…そのどれも含んでいるのかも知れない…

冷たい…冷たい奇妙な表情で私に微笑んでいた。

「俺が痛がったりするとね…皆、喜ぶんだ…。
俺が泣いたりすると…とても楽しそうに笑うんだ。
俺が…‘悪魔の子’だから…だろうね…
きっとこんな手なんか…燃やされなくとも醜かったんだろう…」

そう宙を見て呟く様に話す彼に…涙が溢れた。
罪悪感…それもある…

…けど何より…彼が壊れていってしまいそうで…
思わずその大きな体を抱きしめた。

「同情なんて俺が欲しがってる様に見えるか?」

そう言って体をそっと突き放した彼は強い力で私の腕を持ち
「開放してやる!出て行け!通報でも何でもしろ!」
そう声を荒げ、ドアを開け私を外へ放り出そうとした。

「嫌!嫌です!居させて下さい!他に行く所が無いんです!」
「出て行け!もう一人にしてくれ!君と居ると調子が狂う!」
「お願い!静かにしてます!もう嫌なら詮索しませんから!」
そう言ってドアにしがみ付く私の…あまりの
しつこさに呆れたのか彼は笑い出した。

「…っははは!ちょっと!君は連れ去られてきたんだよ?
居させて…だなんて…」
そう言って笑い崩れた彼を私は只…
赤面して見ているしかなかった。

…だって…本当に…行く所…ないんだもの…
仕方無いじゃない…

「どうせ…ココを出されたら貴方が殺さなくても
飢えて死んでしまうわ…通報なんてしないから!
逃げたりなんて…しないから!…っあ!そうだ!メイド代わりに…」

そう懇願する私をじっと見た彼のはふっと悲しく笑い…
「俺の傍にいると…良い事は…無いよ。きっと後悔する…」
そう呟いた。

「ご飯も食べさせて貰えた。柔らかいベッドでも寝させて貰えた。
それに…可能な限り…傍に居てくれたわ…寂しく無かったもの…良い事だったわ。
貴方が家に居る限りは。…そりゃ…本音を言えば殺されたくないし…
殺すなら‘いつ殺されるか…’位知りたいけど…心の準備をしたいから…」

そうシドロモドロになる私の意図を図りかねるのか
首を捻る彼に
「要するに!沢山良い事あったの!」と結論をたたきつけた。


「連れ去られといて…良い事あっただなんて…君は本当にオカシイ。」
そう首を捻る彼はクローゼットに目をやり…考え込んだ。

「私が逃げないとしても…隣…では不都合なの?」
「…………」
「…出来れば…一緒の部屋で過ごしたいけど…」
「…何故…?」

私は何かオカシイ事を言ったんだろうか…
彼は驚き、こちらを向いた。

「…だって…目が覚めて…誰か傍に居るなんて…
嬉しかったんだもの…ずっと一人だったから…」
そう肩を竦めた私の顔をじっと見つめたまま
そっと自分の胸を擦る彼…

「どこか…悪いの?」
そう言って近寄り…彼が擦っていた所に手を置くと
「たまに…ココに妙な感触があるんだけど…」
「どういう時…?」

「人を処理した時とか…今みたいに…君が変な事を言うと…
熱くなったり…吐きそうに気持ち悪かったり…」
「私が一緒に居て欲しいと言う事が…吐きそうな程お嫌ですか?」

思わず彼の言葉を遮って質問してしまった。
きっと返答に困るだろう…そんな事…もしイエスでも
言い難いに決まっている。

でも知りたいのよ。彼の本心が…何を考え…何を感じ…
何を見て…殺す筈の自分にこんなに親切にしてくれるのか…
不快に思われてるなら…それも知っておきたいし…

そう思って彼からの言葉を待つが一向に帰って来ない返事…
焦れて彼の顔を覗き込むと…彼は自分の手で口を額を隠したまま
ヨロヨロと後退するとクルリと背を向け…

いつもなら律儀に閉める鍵も掛けずに急いで
部屋を出て行ってしまった。

【続く】
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