幻想ノ櫻

 



【後日談】其の肆



実家に帰り弟、龍二の改心をさせる様、両親に頼まれた
その次の日、龍二は両親の元に無心に行って断られ放火。
重雄はその時、嘉島宅へ行ったが留守だったらしく翌日もう一度訪れる。


そして兄弟は再会する。弟は女の死体を壁に掛け惚けていた。
これは尋常では無い状況だ。とうとう彼はこんな大きな罪まで犯してしまったかと思い、彼の教育係であった筈の自分の肩に掛かる責任の重さに気が遠くなった。

そして何度説得しても、叱咤しても、如何にもならない彼のその愚かさに腹が立ち殴った。すると弟は「兄貴まで俺を縛りつけようとするのか!」と悪し様に彼を罵り嘆いた。そして実家に自分がしてきた事を告白した。

酷くショックを受けた。自分が今まで家族と彼にしてきた事は
何だったのかと彼は脱力した。

どんなに彼を世間と向き合わせても両親は彼に逃げ場を作った。
彼はそれを良い事に現実から逃げ回った。

甘やかされた結果の失敗作だ。花も水をやりすぎれば根が腐ってしまうのだ。自業自得だ、身から出た錆だ。

それでも彼は両親を失った事が悲しくて悲しくて涙が出たと云う。
そんな自分の事を阿呆と手紙に表現していた。

弟は全てこの女が悪い、と云った。女に惚れておかしくなってしまったと。

この女は氷川社長に薬漬けにされて何度更正されても氷川に足を引っ張られると。彼女さえ更正すれば両親もあんなに苦しめずに済んだのに、と弟は泣いた。

いつも世間を斜めに見た様な冷めた顔をしている弟の初めて見る涙だった。
馬鹿な弟だけど馬鹿なりに可愛がってはいたからそれもまた辛かった。

重雄は弟をこの業界に入れる時、社長に
「世間知らずだから変な世界には引っ張り込まないでくれ」と
嘆願して約束させていた。

「良く働いてくれているお前の弟を如何して粗末な目に合わせるものか」

氷川は、本当に腐った金の亡者だったらしい。二枚舌で重雄を納得させ、弟からも金を吸い取り――結果は散々。

弟を嘉島家に残したまま氷川の元へ抗議に行って
口論になり気が付いたら彼は倒れていたらしい。

刺した記憶も残る感触もある。間違いなく自分だ。

自分がやった、と恋人に告白して自首する旨を告げた。突然居なくなっては心配するだろうと思ったのだ。

岡田は今まで真面目に生きながら報われた事の無い自分に同情して庇ってくれていたのだから彼女に罪は無い、釈放してくれ、と嘆願する内容であった。

そしてもう一枚は――岡田への――
部外者が見るべきものでは無かった――内容の文だ。
想いの丈を綴った内容だ。

悲しい愛の言葉だ。

彼はとても幸せだったと書いてあったらしい。
愛してくれて有難う、と岡田に対する思いの丈が精一杯詰め込まれた
優しい優しい文章だった、と樋口は肩を震わせた。

時々彼が警察で在る事が酷く心配になる事が在る。
純情すぎるのだ。素直で、熱血漢で、人情家。

この世は勧善懲悪なるものは滅多に無い。
罪人の多くは哀れむべく境遇にある人間なのだ。
状況に追い込まれた人間なのだ。

志津子さんだって――

好んで罪を犯す者等滅多には居ない、しかし警察はそれでも裁かねばなるまい。それが樋口には荷が勝ちすぎてるのでは無いかと私は思うのだが――
私が樋口に度々顔を出す様に云っているのもその為だ。

「――教授?考え事で?」

気が付いたら私はいつもの様に手を組んで思考に耽っていたらしく
目の前の彼は邪魔をした事を申し訳なく思うのか、その細い眉尻を下げた。

「いや、大した事じゃない。」
私は髪をかき上げ大きく息を吸い頭に新鮮な空気を入れた。

「――臼田龍二は指名手配中だよ。嘉島絞殺翌日に最寄の駅で目撃証言が出ているのだが列車に乗ったのか、それとも誰かと待ち合わせして逃げたのか、とりあえずそこからは依然として足跡が見つからないのだそうだ。」

彼は虚空を見たまま黙って何度も頷いた。私は煙草を一本出し
何度も何度もその吸い口を机に軽く叩きつけながらそんな彼を見ていた。

「如何して内なる僕も他の人も須藤さんの事を突っ込んで
聞かなかったのでしょう。」
「君も割りと鈍い所が在るんだね。」

私が笑うと彼は遺憾に思ったのかその眉尻をぐっと上げて腕を組んだ。

「鈍いも何も僕には情報が足りませんよ、勿体付けずに教えてくれたって良いじゃないですか!」
「須藤さんは――真のお父さん≠セった訳だよ」
「―― へ?」

珍しく間の抜けた顔だが、端正な顔と云うのはこんな表情でも端正なのだな、と私は関係無い事を思って笑った。

「四月の十二日から一ヶ月旅行に行っていた筈の須藤さんが何故、十日にしか居なかった筈の【多目に作られていた食事の量】つまりは臼田重雄だ、その事を知っていたのか、だろう?たった一度きりだった筈なんだ。夜には彼は死んでいたのだから。志津子さんは夕食を持って行ってその事に気が付いたのだろうね。」
「須藤さんも関わっていた?」

「――正しくは沈黙していた、だ。屋敷の中に漂う異様な雰囲気を彼も感じていたのだろう。でも折角の奥様の心使い、断るのも忍びないと行ったものの家が気掛かりでこっそり早めに帰って来たんだろうね。

そして見たんだ。家の異変を、食事を、蔵の異様な香りを――しかし黙っていた。黙って一緒に罪を背負う事が彼なりの家を守る事≠セったんだ。そして志津子さんは彼が見ていたのを知っていた。」

「――密告されるとは思わなかったのですかね」
「思わなかった。信じてたんだろう。彼は父親≠セから。娘達の都合の悪い話など話さない、秘密を共に守ってくれると――。」

「悪い信用≠ナすね」
「家族と言うものは一種の治外法権の世界だからね。一番小さな社会なんだよ。その世界の中で決まったものはどんなに非常識で在っても容易に他人が首を突っ込める事では無いのだよ。ましてや批判など、、彼らは平穏に身を寄せ合って生きていきたかっただけなんだ。良いも悪いも無いよ。」
「そんなものですかね――」
「ん――。」

しゅんしゅんと湯が沸く。
湯が勢い良く飛出て蒸発する音が聞こえる。

「あ、噴いてしまいましたね。今入れます。」
「ああ、有難う。」

私は彼からの、些か熱すぎるお茶を受け取りながら
今日一日の予定に思いを馳せた。

着替えて大学へ行くものの、学生運動は頻繁に起こるので、
その所為で学校自体封鎖されてしまえば私達は家に帰ってくる他無い。

でも行かないと言う訳にもいかないので予定を二つ頭に置きながら
私は席を立ち出かける準備をしに私室に向かった。


――生暖かく平穏な日常に埋没する為に。



【次作に続く】
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