幻想ノ櫻

 



【拾壱話】


そう紹介された警官は妙に目が飛び出ていて俺は思わず釣られて目を見開いてしまった。人の容姿の事などどうこう云える立場では無いが余りにも強調された特徴があれば思わず視線が行くのは仕方が無い話だと思う。
しかし目が飛出る程大きく、口は終始半開きで、
何かだらしねぇ顔だな、などと心の中で失礼な事を呟いた。

「お初にお目に掛かります。山中と申します。この度はお時間を頂きまして、
――いや、その――」

どうも改まった会話は得意ではないらしい。
私は目の前で手をぶらりと振って

「俺ぁどうもそう云った正しい♂話は苦手でなぁ。気を楽に頼むよ」
と頼むと彼は間だの気だの色々と抜けた表情で「へぇ」と云った。

彼はよっぽどこの本部の雰囲気に緊張していたのか肩の力をだらりと抜いた。肩幅が広くなった様に見える。

「府中地区の署から来ました。臼田重雄の事で。」
「何か目撃説が?」
「いえ、本人は影も形も見当たりません。もしかして今回の事件に直接は
関係無いのかも知れませんが一応お耳に入れて置こうと思いまして。奴さんの実家、この月初め、五月七日の夜に全焼してて、捜査してるのですが、なんせ田舎の事で隣家が離れてますでしょ?発見が遅かったのと火力が強かったんでしょうね。

燃え残った骨も何人分か分からない。証拠も何も全てが灰ですよ。一向に話が進まなくて――家の誰が死んだか分からん状態なんです。物盗りの仕業か、身内の仕業かは分かりませんが、他の親戚とは色々在って疎遠だったそうなので――そのどちらではないか、と。」

彼の云う臼田は岡田の交際相手と云われている人物で、岡田の付き人をやっていて今回、岡田が庇っているかも知れない男だ。

「放火か、んー。」俺はそう唸るしか無かった。

「元々は資産家だったそうなんですが子供が二人居ましてね。
長男の方は家を独立して家を出て行って、次男の方は特に働くでも無くぶらぶらしていたんですが二十年程前に兄貴の紹介か何かで働き始めましてね。
そこで変な女に引っかかったみたいで金をずるずる引っ張られて、ご両親は家財道具も山もみーんな売っちまって――」

「そんな出来損ないに何で金を出すんだ――」
「どうにも体が弱かったらしいので、憐れに思ったんでしょうな、弟は随分と甘やかされていた様です。」

「体が弱かろうが頭が弱かろうが、一人間だがなぁ。叱ってやる時は叱ってやらんと――」
「負い目じゃないですか?」

「こんな体に産んでしまってってか?逆に差別的だな。
俺には理解出来やしねぇよ。」
「こればっかりは家族で無い人間には何とも言えませんね。」
「まあな。」
「で――その長男と云うのが――」

「次男じゃなくて長男か!――あー、燃えたのは何時だ?」
「四日前です。その前日に実家付近で目撃証言が出ています。」
「一人か?」
「一人で道を歩いていたそうです。大分悩んでいる様子で歩いていたので
声が掛けられなかったと。街の皆は重雄に同情してるようです。兄貴は親思いで品行方正、近所の人に挨拶も欠かさなかった良い子だったと――」

もし岡田が犯人で無かった時の事を考えて彼女の家に入った捜査官には箝口令が敷かれていたからここで云う訳には行かないが、彼女の家からは臼田重雄の個人的な生活道具が沢山出てきていたから恋人で在る事は間違いないのだろうと思うのだが

彼女曰く、忙しくて中々寝る時間も無いから睡眠時間確保の為に住み込みで働いて貰っているらしい。恋人では無い。彼は関係ない。私の私恨で殺めたと言い張っているのだ。その割には寝具に彼の体液の反応が出た事を問うと「寂しかったから偶には慰めて貰うのだ」と涼しい顔で云った。

心にもやもやした何かが溜まった。矢張り俺ぁどうも女と云うものに過剰な思い込みをしている様だ。先程、日下部に否定した、その舌の根も乾かない内からそんな事を認めるのは非常に癪だが女がそんな秘すべき、隠すべきと思う様な事を涼しい顔をして云った事が酷く辛く思えた。

彼女が自首してきたのは十日だ。繋がりがある可能性は――否定できない。
とりあえず俺は無駄かも知れないが日下部に弟の方に操作の手を伸ばす様に指示を出した。

兄貴はともかく弟は実家で揉めた挙句、行灯でも引っくり返して火事、逃げ遅れてそのままおっ死んでる可能性も在きにしもあらずだろう。

しかしながら死んでいるなら事件に関係するのは無理な話で、捜査の手を臼田弟から外して他に力を注ぐ事が出来よう。

岡田が殺したと自供しているのは彼女が勤める氷川プロモーションと云う事務所の社長だがそもそも奴の背景から胡散臭いのだ。資産も無く、貧乏農家の四男で田舎暮らしに嫌気が差し東京へほぼ家出状態で状況して――それから何年もしない内にその事務所を立ち上げた。背後は黒い。真っ黒だ。叩けば幾らでも色々出る。

そもそも俺はその背後でウロウロとしている団体を洗う為にその被害者に接触しようとしていたのだが彼女が自首してきた時、その件は俺の様な叩き上げとは違ったエリート族の羽田警部が掻っ攫っていった。

「この件は任せて貰おう。必ず検挙率が大幅に上がる。
君も上から圧迫されたくないだろう?」

――爬虫類の様な、冷たく獰猛で嫌な目だった。
しかし彼は何か確実な事を掴んでいるのか突然大きなヤマを任されたのに
不安の翳り一つも感じさせなかった。

俺としたらまぁ、検挙出来れば問題はねぇんだ。
誰が手柄を立てようが構わねぇ訳で。

新しい煙草に火をつける。それを口に加えたまま瞼を何度も擦る。
彼女が自首してきてからと云うものの、ずっと付きっ切りで話を聞いていた。何を聞いても知らぬ存ぜぬで私がやりましたと云うんだが俺は何とも合点がいかねぇ。

「お前さんも辛いだろう?何をそんなに耐えてるんだ――」

彼女は酷く辛そうだった。何かを堪えてる様だった。俺ぁ彼女が犯人であったとしてもその胸の内を吐かせて少しでも楽にしてやりたかった。

人殺しだって人間だ。何か事情があったのかも知れない。ましてや背後の知れん男が被害者だ。何かしら酷ぇ目に遭ってたんじゃないかと思うと如何にもやり切れない気持ちで一杯だった。

熱い茶を入れてやれば「有難う」ときちんと礼を云う。
「ご馳走様」も云う。

「私の為に時間を使わせてしまって――」何て仕事でやってる俺の事すら思いやる様な言葉を寄越す。これがよしんば懐柔策だとしてもこう云った所作は急に意識をして出来る事では無い。何も無ければこんな所に居る側の人間では無い様に思う。だからと云う訳では無いが犯人であれ、そうで無しであれ、他の刑事の様に威圧的にこう――「吐けアマ!」とは如何にも云いがたかった。

でも彼女は俺が柔らかく接すれば接する程、身を固くしてこわばった。
歯を食いしばり俯き、黙った。それを見て日下部は「樋口さんは顔が怖いからですよ!」と笑った。「五月蝿ぇ、末成(うらな)りが!黙ってろぃ!」俺も笑った。


彼女はその隣で表情を無くし、じっと下を向いたままだった。


――やり切れねぇな。


眠たい目を擦りながら席を立つ。

「何処へ行かれるんです?」と山中は矢張り抜けた顔で声を出した。
まだ居たのか。忘れてた。

「いい情報だ。有難うよ。早速当たってみるな。」
そう云って彼の肩を叩くと彼は初めて嬉しそうに笑って出て行った。

鳴り続ける電話。机に山積みの捜査報告。まだ捜査は始まって間もないとは云え、当たれども当たれども収穫の未だ大した情報も出ない氷川プロモーションの関係者。彼らに当たった人間は口を揃えて云った。皆が皆、挙動不審で怪しかったと。

女優も居れば俳優も居る。歌手も居れば芸人も居る。
皆が皆、怪しい。特に女達の挙動は酷かったらしい。

まるで怯える様に周りを伺い、肩を狭め、声を潜めて「私は何も存じません」どの捜査官に聞いてもそう云った。

共通事項。事務所絡みの犯罪。疑わしき背景を持つ社長。
――事務所自体が犯罪組織で在ったのか?

氷川事務所の社長、氷川は事務所にある執務室で死んでいた。
小さい事務所の割りに大きな部屋が調度品で埋め尽くされていた。
相当羽振りが良かったらしい。

心臓を下から斜め上に一発だ。刃物を回したのか傷口が抉れていたのを見るとホシは殺戮に手馴れた人物であろう。考えうるは元軍人。つまり男だ。女じゃない。

心臓に穴を開け、空気を入れる。怨恨の深さなのか、声を出させない為か――部屋に残された指紋は沢山見つかった。指紋も重なる事で付いた時系列が分かるもので

最後に社長が部屋に入る時に扉を閉めた後、その指紋と重なる様に沢山の人間の指紋が見えた。

生体反応から割り出された死亡時刻から彼女の自首までまる一日在った。一日の間に多くの人が彼の死を確認し、黙認し、自分に関する資料だけを盗み出して方々に散っていったのだ。彼は少しも慕われて無かったらしい。誰も死を悼んでる様子が無い。清清しい程だ。その中に岡田の指紋は一番上に在った

そして彼女はその足で――ここに。

情報の足りない自白、背後の黒い被害者、歪んだ兄弟。

足で探すしか無いな。俺に机上の空論は如何にも向かないらしい。
直接動くと嵩が高いと部下達が嘆くから余り動きたくは無いのだが
色々物事が起きている中で一人じっと署に座って連絡を待たねばならないのは苦痛だ。

まるで祭りの最中、罰を食らって家から出して貰えなかった時の様な心境だ。
――例えが悪かったな。人が死んでるんだ。祭りはねぇだろう。

祭りの前日、泣いていた少女。壊れた金魚鉢、俺の体は傷だらけ。
どうして怒られたのかは思い出せない。きっと自分にとっては些細な事だったのだろう。

鬼の様な形相で親父が怒って俺を納屋に閉じ込めた。鍵が壊れてるから俺が見張ってる!――そう云った癖にこっそり戸を開けて覗いたら誰も居なかった。

家の中ではいつもより大きな声で話す親父の声が聞こえた。
あの時は「馬鹿だな」何て思いながら抜け出して祭りに出かけた。

今思えば、あれはわざとだったんだろう?親父。

人一倍、好奇心の押さえ切れない俺が祭りに思いを馳せて泣いていたから
罰は罰として架せておいて、好奇心は好奇心で生かしてやろうと。

その代わり抜け出して祭りに行ったは良いが俺の頭は罪悪感で一杯だった。
友達とはしゃぎながらも心の内は納屋に残って罰を受け続けたままだ。

結局、俺は両方享受させられたのだ。アンタ本当に策士だったな。

親父は今でも心の中に居る。
俺にとっては最高の上司だったよ。そんな事すら云えなかったな。
そんな事を思いながら捜査課の扉を開けて外に出た。


【続く】


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