極楽鳥ノ束縛




【拾壱話】

だからその時僕は見守られてる気がして更に気分が高揚していつもより流暢に話していた。

「話を戻すよ。デ・キリコはその人間の五感では表せない、先に云った様に魂とは、神とは、人間の存在理由、何て触る事も出来なければ嗅いでその存在を情報として蓄積する事が出来ない、そんな存在の不確かな物を何とか知的な方法で持って解明するべく学者達が集まり――」
「理屈で証明出来ないものを証明してみせようとした訳だ」

彼は言葉を挟み笑った。
今度は僕を――では無く矛盾したその構図を笑ったらしい。

「そうだ、そうなんだけど!」
「要するに学者は無駄が好きって事だね。存在の確かめる事の出来ないものに幾ら理屈を付けても確かめる術が無いのだから幾らだって好きな事言えるよ。そう言うのを何て言うのか知ってる?」
「屁理屈だって言うんだろ?」
「正解」

僕は憮然として答え、彼はそれを見て笑いながら話の先を促したから僕は少し腹が立った。

「馬鹿にする気で聞いてるの?」
「真剣に聞くから質問が産まれるんだよ」

成る程、と納得したものの言い包められた様な気持ち悪さもあって僕は憮然としたまま話し始めた。

「形而上学に対してそういう批判は出ていた。カルナップが君と同じ様な事を言った。そうして人は、いや時代は実証こそが真理とこの分野を批判し、追い出し、この学問は衰退していく事になる。そして科学万能、いわば科学こそが真理、科学で証明される事が全てだと言う科学信仰が始まるがそれだって結局の所唯一無二の真理ではない。科学で証明されない事が全て無い*では無いだろう?」
「そうだね」

「結果、人は理屈と理屈では賄いきれない人としての感覚の間で揺らぐ様になる。その揺らぎ、理屈で表現出来ない揺らぎそのものを描き示したのが彼なんだ。そうして彼が再び形而上学に光を齎した。もともと芸術という物はそういう曖昧な物を明確に記す事が出来る、人に直感的に伝えられる立ち居地に在ったんだけど彼の作品は酷く毒舌で饒舌だったんだ。勿論、タイミングも良かったんだろうけど」

「彼本人もかなりの毒舌家だったと何かで聞いた事が在る」
「幻惑的な絵を描きながらその描写は現実よりさらに現実的。作品は作者の考えを色濃く表している様に感じるね。超現実主義(シュールレアリズム)
この本には彼の描いた絵に関して色々な解釈が成されているけれど僕は――」
「僕は?」

「――巧く言えないな。彼の絵は、と言うより形而上学絵画と言われる絵はわざと距離感を歪めてみたり、明暗を狂わせて見たり、こう在るべきと言う理論をたかが固定概念と馬鹿にする様に酷く幻惑的に描かれてるんだ。だから彼の作品を見て人は不安を感じたり、いつか見た夢を懐かしむ様な郷愁に捕われたりするんだ。見るたびに違って見える。彼の作品はとても面白いんだ」

そう、とても面白いんだ。不安になるのに見てしまうんだ。
まるで床がすっぽり抜けてしまった場所に立っている様な足元のおぼつかなささえ感じるのに僕は毎日この絵と――鏡を覗き込むんだ。

何故か、と自分に問いかけるがきっと答えの無いものに無理やり理屈を付けるのが関の山で巧く探れないし見つかったとして人に伝えられない不器用な僕は先程の彼の言葉を思い出し少し胸の内が軽くなって笑った。

そうだ、屁理屈だ。馬鹿だな、僕は。

カルナップの様に痛快に横槍を入れてきた彼に目をやるといつの間に僕の手から奪ったのか、自分の本は下に立てかけ僕の持っていた本の頁を捲り、絵を眺めていた。



【続く】

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